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2017-06

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ダイエットの壁 - 2015.08.27 Thu

 4ヵ月ほど前からウォーキングを開始した。
その目的は健康とダイエット。
テレビで東大式アミノ酸ウォーキングダイエットの実証実験を見て、これだ!と思ったのも動機。
ほとんど食事制限なしでダイエットができるなら楽でいいという安易な考えから。
アミノ酸サプリも大量に取り寄せて毎日飲んでウォーキングを開始。
すると最初の1ヵ月くらいで2~3kg程度体重が減った。
調子がいいので喜んでいたが、2ヵ月目には・・・
体重が戻っていた!
きっと筋肉がついてきたんだろう、そのうち脂肪が減ってくるはずだから大丈夫・・・
と思っていたのだが、体重計に乗るたびに数値は上昇傾向!?
そして、4ヵ月たった現在、ウォーキング開始前のプラス3kg!!
つまりこの数か月で2kg痩せて5kg太ったということ。
8月は孫のお供でラジオ体操も開始した。
私用で休んだのは2回だけ。
毎朝6時に起きて、我ながらよく頑張ったと思っている。
しかし、目的のダイエットが達成できないのでは努力も報われない。

 そもそも、食事量を減らさずにダイエットなんていうのが無理な話なのだろうと思う。
もともと、大食いの方じゃないが、最近は夜350mlの缶ビールを1本飲むようになった。
その分は今まで以上に摂取カロリーが増えたのだろうと思う。
特にお酒が好きなわけじゃないから、やめることは苦じゃない。
ただ、タバコも禁煙中だしビールくらいはいいだろう、と思っていたのだが・・
今日から食事量も減らすことにした。
当初、7kg痩せる予定だったのに3kg太ったから目標は10kg减になる。
ハードルが更に高くなってしまった。
禁酒・禁煙・食事制限そして運動、私にとっては地獄の特訓のようだ。

36年ぶり - 2015.08.23 Sun

 最近のブログは3回続けてタイトルに数字が入っている。
まるで人生の振り返りばかりしているようだが、やはり歳のせいか?

 昨晩、専門学校時代の同窓会があった。
卒業後36年にもなるが初の同窓会だ!
殆どが地元出身で卒業後もそのまま地元で仕事をすることがわかっていたから、
いつでも会える、という気持ちがあったことと、その後その専門学校が廃校に
なったことなどからつい先延ばしになってしまった。
何人かが、元気なうちに一度集まろうか、そんなことを言いだし実現した。
集まったのは、男子6名と女子3名の計9名。

 私は高校卒業後、某大学へ進学したものの2年で中退してデザインの専門学校へ
入学したことから、同期生よりも2歳年上になる。
インテリアデザイン科、グラフィック科、ビジネススクール、ファッション科、写真科などが
あり、1学年で100名ほどだったろうか?
私はインテリアデザイン科で入学当初は20名ほどのクラスだったと記憶している。
授業は思っていた以上に厳しく、徹夜で仕上げた作品を提出すると、先生が破ったり
投げたり、壊したり、平気でやっていた。今の時代なら問題行動かもしれない。
そんなわけで単位が取れなくて2年に上がるころには生徒も半数ほどになってしまった。

 一般的に、高校生までは1クラス30~40名、大学だとそれよりもはるかに多くなる。
だから、数名の仲良しグループができて、そのグループ単位で行動することが多いように思う。
しかし、私の行った専門学校は十数名であることからか、行動はいつも全員一緒だった。

 37年も経つと殆どのことを忘れているものだが、誰かが「こんなことがあったね」、と話し始めると
「ああっあったあった!」と思い出す。
殆どのことが9名全員が同じように記憶しているからすごい!と感じた。
この歳になって振り返ってみると、かなり無茶苦茶なことをやっていたと誰もが感じた。

 山陰へみんなでマイクロバスをレンタルして海水浴に行ったが、実は誰もマイクロバスの免許を
持っていなかった(汗。それなのに男子が交代しながら運転していった。
海水浴場では、女性の遭難者がいてその救助を手伝った。
マイクロバスで一夜を明かして翌日帰った。
蛇行運転をしながら帰っているとパトカーに停められて注意された。
しかし、なぜか免許提示を求められなくて事なきを得た。

 学生はみんな貧乏だった。お腹が空いても食べるものがない。買うお金がない。
そこで、牛丼屋でバイトしていた友達Nの店へ行く。
毎回、気前よくタダで食べさせてくれる!?
Nはおごる余裕なんてないはずだった、それにバイトの分際でタダで食べさすはからいもできるはずもない。
その、タダ牛丼の謎が昨日解けた。
Nは、10人分のご飯と牛丼の具をひとまとめにした後、それを11分割した。
つまり、それぞれ1割ほど小さい牛丼ができるわけだ。
その浮かせた1つを友人や自分が食べていたらしい(汗

 他にもここでは書けないようなことを沢山やっていた。
携帯電話のない時代、下宿やアパート住まいの人も多く固定電話もない時代だ。
それでもいつの間にか集合しては遊んだり何処かへ出かけたりしていた。
今の時代は、とりあえずSNSで繋がっていれば直接会うことは不要だ。
それは時代の流れだろうけれども、顔を向き合さずに心が通じ合うかどうかは疑問に思う。

 思い返すと、いい時代だったなぁと思う。
みんなお金がなくて、それほど悩みもなく、しがらみもなく、責任もなく、義務もない。
何もないのに、それなのに、誰も飢えてはいない。
むしろ色々なものを手にした今の方が飢えているのかもしれない。
誰かの記憶の中に、自分の存在が刻まれているという安心感。
たった2年間のことなのに、多くのことが刻まれている。
今現在の2年間で何かあったろうか?と考えても、数えるほどしかない。

 人生も終盤だからと嘆くよりも、できること、やりたいことにもっと目を向けなきゃいけない。
そんな気がする。

41回目の夏 - 2015.08.16 Sun

 高校を卒業し、生まれた島を出て今年で41年になる。
島という閉鎖的な社会では、「島を出る」ということは人生の大きなターニングポイントでもある。
島に残る人、出る人。都会の大学へ進学してもその後島に戻る人、そのまま都会で暮らす人。
それぞれの家庭環境や状況、気持ちや考え方の違いで選択が変わってくる。

 毎年夏になると中学校の同期生の集まりがある。
島には幼稚園、小学校、中学校、高等学校がそれぞれ一つずつあり、大方の人は高校生までを
島で過ごし、共に同じ学校へ通うこうになる。
十数年間も同じ学校へ通っていれば、特に同期生は友人というよりも兄弟みたいなものだ。

 まず午前中はふるさとソフトが開催される。
ソフトボールかソフトバレーで同期生ごとのチームで試合が行われる。
私たち25期生は毎年ソフトバレーをしている。
私自身はここ数年参加していなかったが、今年は参加した。
なぜなら、我々25期生は今年でこの会を卒業しなくてはいけないからだ。
還暦前の年にこの会を卒業するのが昔からの決まりごとらしい。
だから、最後くらいは頑張ってバレーをしよう・・そう思い立ったのだ。
しかし、会場に着くと我々25期生はわずか7名しかいない。
私を含めて8名・・・
それが何を意味するかって?
6名以上いるので特に問題はありません。
ただ・・交代のメンバーが2名なのでしんどいというだけ(汗。

ソフトバレー

 手前が我々25期生、現在58~59歳の面々です。
みんな若くて元気でとても還暦前とは思えません。
まぁ、足腰が悪い人などはここには来ていないでしょうから当たり前のはなしではあります。
ルールは特殊?で、20点先制でワンセットとしてそのあとコートチェンジして2セットゲームをします。
いつもはそれを数試合しますが、今回は参加チームが少ないこともあり2試合でした。
ローテーションでサーブごとにメンバーチェンジするのですが、交代メンバーは2名しかいないので
殆ど休憩する暇がありません。
みんな息を切らせながらも、重たい身体を引きずりながら必死でボールを追います。
それでも掛け声だけは元気です。
どの試合も接戦で一時はリードするも、最後に逆転されて負けるというパターンで
結局、1勝もできませんでした。
交代メンバーが少ないから終盤になるとみんなヘトヘトになってしまう・・
という言い訳を付け加えておきましょう(笑

 こうして午前中汗を流して、午後からは恒例の親睦会が町の交流センターで開かれます。
親睦会も同期生ごとにわかれますが、こちらは15名ほどの参加がありました。
数十年振りにN君に会いました。
「おぅ、久しぶり」
顔を見ただけで直ぐに誰かは互いにわかる。
久しぶりというには長すぎる時間を経ての再会だが、誰と再開しても特に驚嘆することもなく
ゆる~い感じで会話が始まるところが、なんというか落ち着く世界だといつも思う。
 そうこうしていたら同期生ではない人が声をかけてきた。
「お久しぶりです。バスケット部の後輩のTです」と。
T??一瞬、間があったが直ぐに思い出した。
「おおっ、久しぶり」と握手を交わしたそのT君は1級下で、41年ぶりの再会だった。

 最近は物覚えが悪く、人の顔と名前がなかなか覚えられない。
数年も合わなければ、この人誰だったっけ?と首をかしげるが、
昔の仲間というのは不思議なくらいによく覚えている。
同期生は100名ほどいたが、今でもその殆どの人のフルネームを覚えている。
顔は変わってしまっても、少し面影を残していれば名前が頭にひらめく。
それほど記憶に刻まれているということなのだろう。

 来年、還暦の同窓会を最後にこうして寄り合うこともなくなる。
さみしい気もするが、「還暦まで」という暗黙のルールは言い換えれば、
「現役で元気な時まで」という言葉に訳され、気遣いの一つでもあるのだろうと思う。

 

早起きは三文の徳 - 2015.08.04 Tue

 なんとか頑張って今朝も3回目のラジオ体操に参加してきた。
体操を終えて家に帰っても7時前なので時間を持て余す。
昨日は、その時間を利用して朝の涼しいうちに2台の車の洗車をした。
涼しいとはいえ、2台洗車した後はべったり汗をかいてしまう。
シャワーを浴びてさっぱりしてから朝食をとる。
正に早起きは三文の徳だなと思った。
しかし三文といえばこの諺ができた当時でもわずかなお金のことだ。
つまり、早起きしてもわずかな徳ってこと?
と思うと少しがっかり・・
まぁ、早起きしたって原価は0円、それで毎日3文でも徳を得られるなら、
長い年月には大きな徳を得るんだろうなと思う。

 ラジオ体操効果は時間効果だけじゃない。
今日集まった人の数を数えると60にほどだった。
子供だけじゃなく年配の方も多い。
3回も来ると顔を覚えられ自然と挨拶を交わすようになる。
「ラジオ体操で首と肩の痛みが取れたんよ」と近くの人が話しかけてきた。
「そうなんですか、僕も背中の痛みが和らいだ感じなんですよ」と答えた。
ラジオ体操仲間としてのコミュニティがいつの間にか形成されている。
日本人の昔からの習慣
もっと見直されてもいい気がする。 

金魚と蛙と迷い猫 - 2015.07.29 Wed

 この時期は夏休みということもあり子供たちにとっては嬉しい時だ。
そして夏祭りが多く屋台や夜店が出ることも多い。
先日、孫娘が金魚すくいをして5匹ほどの金魚を持ち帰った。
しばらく金魚は飼ったことがなかったので金魚鉢がなかったのでホームセンターに
いき小型の水槽を買ってきた。

 夜店の金魚が長生きしたのは過去の記憶では1回だけだ。
大抵は数日で死んでしまう。
そうなると金魚がかわいそうというよりも孫娘がかわいそうなのでなんとか
生き延びるように飼育方法も調べて手を尽くしたが結局1週間ほどしか持たなかった。
小さな子供でも生き物の死に直面するのはショックらしく、しばらくは死んだ金魚を
埋めることができず冷蔵庫で冷凍保存することになった。
数日後には元気になり、また新しい金魚をすくって来よう、なんて言ってきたが、
飼う側の私たちにとっては、できるだけ金魚のことを忘れてもらいたいと願うばかり・・

 金魚のことをすっかり忘れた先週末。
家内の実家に遊びに行った孫娘たちが今度は蛙を捕ってきた
7匹捕ったというが実際には4匹しかいない。
残りの3匹は家の中で逃げたのか、車の中で逃げたのかわからない・・・
あまり考えないことにする。
取りあえず、金魚用の水槽が空いていたのでそこに入れてやる。
カエル
蛙の飼育方法なんて知らないしとうすればいいのだろう?と思うが、
逃がすわけにもいかず、結局は私たちが面倒みるしかないようだ。

 そうこうしていると、一昨日の朝子猫が迷い込んできた。
いや、一人で遠出できるほどの子猫ではないので捨てられたのかもしれない。
人にとても馴れているので多分飼い猫だと思われる。
最初はミャーミャー泣いていたがお昼にはすっかり慣れてしまい、私の物置ラックに
陣取って昼寝を始めた。
FullSizeRender.jpg
どうすりゃいいんだろう?とりあえずは保護してやるとしても、飼うことは難しいかもしれない。
もう還暦が近い私たちにとって、新たにペットを飼うことは難しいのだ。
ペットの寿命とこっちの寿命を天秤にかけると微妙なところだから・・・
かといって保健所へ引き取ってもらうわけにはいかない。
そのあとどうなるか?がわかっているから。
なんとか里親を探す手立てをしなくては・・と考えていた。

すっかりなじんで、その日は私が作っていた猫用の家に入り寝ていた。
ところが翌朝、姿が見えない。どこを探しても見当たらない。
前夜、捨てた人が思い直して引き取りに来たのだろうか・・・
或いは、自分の住家に戻ったのか・・
1日だけの迷い猫。
思い返すと可愛かっただけにさみしい気もする。

 生き物を飼うということは、それなりの覚悟が必要だということを改めて感じた今日この頃。

生きとし生けるもの - 2015.06.19 Fri

 昨日、ペットの猫が交通事故に遭って亡くなった。
この猫は12年前、家内がお店の屋根裏に生み捨てられて泣いていたのを保護して連れて帰った猫。
保健所へ連れていけば殺処分されることがわかっていたから、段ボール箱に入れて我が家へ連れて帰った。
その時、既に2匹の猫が我が家にはいた。いずれも捨て猫を私が連れ帰ったもの。
2匹も3匹も一緒だと思って飼うことにした。

 生まれたばかりだったことから、多分私たち人間を親だと思って育ったのだろう。
とても人なっこく、人間を全く怖がらない。
我が家は駅近くの裏道沿いなので車は少ないけれども通行人がとても多い。
特に朝夕は通勤者や学生が多く、いつも歩道際に座って道行く彼らを眺めていた。
通行人の多くは猫に気付き、中には頭をなでる人もいた。
抱きかかえる人も居たが、人間を全く警戒しないからされるがままだった。

 毎日、何人もの人の心を癒す人気者だった。
そうした意味では、私よりも遥かに人のためになっていたのだろうと思う。

 あまりに突然の出来事で、道路に横たわっている愛猫を見たときは何が起きたのか理解できなかった。
抱きかかえると暖かかった。ただ寝ているだけのような・・そんな気がした。
しかし、おびただしい出血と、ピクリとも動かない手の中の生き物がもう死んでいることはわかった。

 今朝、ペット霊園で略式の葬儀をしてもらった。
もう死んでしまった猫には何も伝わらないけれども、ぞんざいには扱えなかった。
生きとし生けるもの、いつかはこの日が来るとは知っていても、突然居なくなるのはとても悲しい。
足にまとわりついてくるあの感覚だけが何故か残っていて、つい足元を見てしまう。
あっ、今日は居ないんだと気付くと心にぽっかりと穴が開く。

 いつもそばで邪魔ばかりしていたけれども、何度も疲れた心を癒してくれた。
本当に今までありがとう。

歯科通い - 2015.04.30 Thu

 今年1月に久々に歯科に行って以来ずっと通っている。
最初は、右下の親知らずの治療だった。
抜歯する予定だったけれども、残しても大丈夫とのことで結局残した。
治療中、右上の歯が悪いことがわかった。
表面的には虫歯はないが内部が空洞とか?
神経まで達しているので根管治療が必要になった。
この根管治療というのは重要な治療だが完璧にするのが難しい治療らしい。
目視できない細かい部分だから先生の経験と勘によるところが大きい。
これを適当にやると将来根の先が炎症を起こす可能性がある。
私の通っているY歯科はこの根管治療を徹底的にしてくれるので
治療終了までに大抵数か月を要する。

 その覚悟で治療をしていたのだが、9日ほど前から新たに別の歯が痛みだした。
左下の奥歯あたりが痛い。疲れると奥歯が痛むことがあるのでそうだろうと思っていた。
しかし、翌日は更に痛みが増し、食事もできないほどになった。
鎮痛剤を飲んだが効かない。
我慢できず3日目の朝、歯科に電話して今日診てもらえないかとお願いした。
なんとか時間をとっていただいたものの、Y歯科はY先生だけなので結構忙しい。
直ぐに麻酔をして何やら治療をしたのち、鎮痛剤と抗生物質を頂いてかえる。
これで一安心、とほっと胸をなでおろす。
しかし、麻酔が切れるとまた痛み出した。
直ぐに鎮痛剤を飲む。しかしなかなかおさまらない。
追加でまた鎮痛剤を飲む・・こんなことはしてはいけないが痛みが強い時は2錠飲んでもよいと
先生に言われていた。ただ、次に飲むときは一定時間あけるようにと。
なんとか痛みはおさまったが、2時間もすると鎮痛剤の効果が薄れてきて痛み出す。
暫く我慢して、また鎮痛剤を飲む。
抗生剤が効けば痛みはおさまるだろう、そう考えて頑張っていた。
しかし、翌日になっても状況は変わらず。いやひどくなるばかり。
夜も眠れない。寝ている間に鎮痛剤が切れるから直ぐに目が覚めるのだ。
24時間痛みと戦うことは精神的にも肉体的にも辛いものだ。
4日も経過しているから山は越して明日には楽になるだろう、そんな希望で頑張る。
しかし期待は裏切られ翌日もおさまらない。更に右顎全体が腫れてくる。
夜には、鎮痛剤を服用しているにも関わらず頭や顔面、耳の周りまで激しく痛くなってきた。
そして痛いのは左半分だけ・・これはちょっとヤバイかも・・・とさすがに考えた。
家内も心配でたまらない様子。
そこで市民病院の救急外来へ行くことにした。
夜間にも関わらず、多くの患者が待合ベンチに座っていた。
2時間待ちだった。
先生に今までの経緯を話した。もちろん歯科へ行っていることも。
問診と触診をして先生は、「歯が原因ではなく神経系が疑われます」とのこと。
とりあえずCTを撮ることになった。
先生は「脳腫瘍や脳内の異常は認められません、しかし神経系が疑われるので
後日脳神経外科を受診してください」とのことだった。
神経系・・・三叉神経痛や顔面神経痛などを疑っているらしいが、そうだとすると大変・・

 その翌日は歯科予約の日だったのでY歯科へ行く。
痛みは一向におさまらず顔と顎と喉あたりが腫れ上がっていた。
Y先生に昨日病院へ行った話をすると、あっさり
「神経系ではありません、歯が原因です」と言う。
「前にも一度左奥歯が痛んだでしょ」という。確かに昨年末痛くてY歯科に来た。
その時は抗生剤を飲んで直ぐにおさまった。
ようするにその延長線上の症状、というかそれが悪化したらしい。
あまり話さないY先生に色々と質問をぶつけてみたが、明確な答えも帰ってこない。
症状を観察しながら先生なりの治療をしていくのだろうと思う。

 そして昨日、脳神経外科を受診したが神経系は問題ないとのことだった。
これはこれで大きな安心を与えてくれた。
思えば、少し腫れもひいたように思うし、痛みも少し弱くなった気がする。
やっと抗生物質が効き始めたのだろうか?
鎮痛剤も間隔が広くなった。
そして今日は更に楽になった。
まだ痛みがあり食事もし難いが普通に生活できるありがたさが嬉しい。

 明日はまた歯科受診をする日
多分、歯髄炎、歯根膜炎、根尖性歯周炎なんだろうけれども、先生ははっきり言わない。
それは、炎症がどこまで広がっているのかで病名が変わり、それを正確に判断するのが
難しいからだと思う。
しかし、単なる歯周病の一種とあなどれない。
歯痛や腫れの症状があまり出ない場合もあり、病変が広がり血液内に細菌が混入して
全身に回ると内臓疾患を起こして死に至ることもある。
抗生物質などがなかった時代、これで亡くなる人も多かったようだ。

 他の歯の治療を含め、たぶん今年いっぱいはY歯科に通うことになるだろう。
Y先生を信じて頑張ろうと思う。

不思議なこと - 2015.01.03 Sat

 朝、ハイウェイ交通情報を確認したら山陽自動車道はやはり冬用タイヤ規制だった。
やむなくスタッドレスタイヤに交換することにした。
スタッドレスタイヤは4年前に一度だけ使用した。
新車購入時にアルミホイールを交換したので純正ホイールにスタッドレスを装着して使用した。

 4年ぶりのスタッドレスタイヤ交換。
しかし、ここで問題が発生。
ジャッキが見当たらない。
車にはジャッキが装備されていないことは知っていた。
ボルボはスペアタイヤもなければジャッキもない。
その代わりにパンク修理剤とエアーポンプが装備されている。
パンクなどの緊急時にはこれでパンク修理するわけだが、いったんこれを使用すると液体ボンド状の
修理剤であるためにディーラーへ持ち込んでタイヤを取り外して洗浄してもらわなくてはならない。
とんでもなく手間と費用がかかってしまう。
スペアタイヤをつけてもらう方が遥かにうれしい。
そのためかジャッキも装着されていない。
しかし、スタッドレスタイヤに交換することを想定していないのだろうか?
寒い国の車なのになぜなんだろう?
だからエアジャッキを4年前購入していた。
しかしそのエアジャッキがない・・
そういえば先月従業員がエアジャッキを使っていた。どこかへ持って行ったのだろうか?
いろいろ考えた末、トラックにジャッキが装備されていることを思い出しそれを使うことにした。
しかしトラック用なので高さがありうまくセットできない。
車を勾配のある場所に移動しタイヤ下の高さを確保してなんとかセットする。
タイヤを外しスタッドレスに交換しようとしたがうまく装着できない。
何故かハブにはまらないのである?
で、念のためハブ径を測ったら8mm位違うではないですか??
車側にはハブリングやスペーサーなど何もつけていない。
それに純正ホイールが入らないなんてことがあるはずない!?
4年前には実際に装着して使ったし・・・
謎だらけで悩むこと1時間くらい・・
ディーラーは休みだろうし、解決方法がみつからないまま結局断念して元のタイヤを取り付ける。

 2時間くらい悪戦苦闘して時間を無駄にして結局装着できずじまい。
スタッドレスじゃなきゃ下道を通って行くしかない・・・
そうなると、帰省ラッシュも考えると、どれだけ時間がかかるかわからない。
どうしよう・・・
と悩みつつ再度ハイウェイ交通情報を確認したら冬用タイヤ規制が解除されていた!
今夜も天気はよさそうなので、このままいけば明日も解除されている可能性が高い。
それに賭けるしかない。

 それにしても、純正アルミホイールのハブ径が違うこと、この謎は何なんだろう?

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プロフィール

tsutsui-s

Author:tsutsui-s
広島県在住。
複数の会社と店舗施設を経営。自分に出来ないことはない、という自信過剰ぎみの精神力を糧に、新しいものに挑戦し続ける中年です。

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