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期限付きだから人生がある - 2012.01.17 Tue

1月17日といえば阪神淡路大震災があった日で、今日で17年目ということになる。
奇しくも今日は孫娘の3歳目の誕生日でもある。
失う命もあれば生まれる命もある。
毎年今日という日は、孫娘の誕生を祝う日でもあり、阪神淡路大震災で亡くなられた方の
ご冥福をお祈りする日でもある。
この世は諸行無常、万物は生まれる瞬間があり、それらはいずれ全て滅する。
常に変化し常に何かが起きて、泣いたり笑ったりして生きていく世界である。
とどまることは決して許されない世界なのである。

スティーブ・ジョブスはスタンフォード大学の卒業スピーチでこう言った。
「自分がもうすぐ死ぬ状況を想像するのは最も大切な方法です」と。
未来に多くの夢を描いて名門大学を卒業するという輝かしい門出の席で彼は平然とそう述べた。
何に対しての方法か?といえば、自分が描いた夢を自己実現するための人生を送る方法である。

古代から不老不死の方法に人々は知恵を絞り妙薬をあみ出そうとした歴史がある。
中国の始皇帝は部下たちに不老不死の薬を作り出すように命じた。
従わなければ自らの命と引替えにしなくてはならない絶対命令である。
そして作り出した薬には水銀などが含まれたもので、それを飲んだ始皇帝はその強い毒性で死んだ。
今の医学で言うならば、始皇帝は臨床実験の最初の被験者となって命を落としたということだ。
不老不死の薬であることを証明するには被験者が服用し何百年と実際に生きてそれを証明しなく
てはならない。つまり試験結果を待っている間に、いずれにしても始皇帝は死んでしまうのである。
そうした矛盾やパラドックスの中で、皮肉にも長寿を夢見ながら自ら命を落としてしまったのだ。

さて、科学や医学が発達した現在においても勿論そうした不老不死の薬が存在しないことは
承知の通りだが、老化というものの研究の中で、老化を遅らせる物質の発見や、今までの医学療法
とは全く異なる、ナノ(1mmの百万分の1のサイズの物質)技術によって癌だけでなくあらゆる病気を
科学的に治療する方法も発見されているようだ。
さらには、iPS細胞の研究が進み、あらゆる臓器を再生技術で作り出すことも可能性ができてきた。
そうしたことを考えると、飛躍的に寿命が延びる日が来るかもしれない。
と、いっても不老不死ではなく、人生80年といわれていたのが、人生100年といった程度である。

もし万が一不老不死の薬や技術が完成したら・・・と想像すると、私はとても困惑し混迷するのです。
多くの人は周りでその薬を服用していくなかで、自分もそれを服用するという選択をするだろうか?
私は不老不死を望まないという選択をするだろう。
しかし脳裏には、年老いて死を迎えるだけの床に伏している私の脇で、不老不死の薬を服用した知人が
嘲笑う光景が浮かぶことだろう。
それでも私は不老不死は選択しない、「人生」というものを選択する、と断言できる。

無限に明日という日が来るとしたなら、私たちはどんな日常を送るだろうか?
全てのことを後回しに出来る人生を人生と言えるだろうか?
日々必死に何かを成し遂げる努力家は嘲笑の対象となり、ごろごろと寝て過ごす人で溢れかえるだろう。
iPS細胞技術でどんな臓器も再生できるとして、蘇生が可能になったとしたら、命というものを大切に
するだろうか?殺人罪という罪は世の中からなくなり犯罪が横行するだろうし、道路を走る車は
サーキットのように暴走する車で溢れるだろう。
人々は危険な薬や食材を食し、危険な行為や行動に走ることだろう。

さて、前述のスティーブ・ジョブスの話に戻るが、彼はこう自分にこう問いかけたという。
「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことは私は本当にやりたいことだろうか?」
死というものを常に意識して生きること、人生というのは期限付きであるということ、彼はそれを
強調して話している。
言い換えれば永遠に明日がやってくると考えるのは、人生そのものを棒に振ってしまうということだ。

私は40歳を迎えたとき、大きな意識の変化があった。
人生80年としたなら、折り返し地点に到達したということである。
離陸した飛行機もやがて着陸態勢に入るという意識であり、出発した旅もやがて帰路の準備を
するという意識である。
これからの時間は、今まで生きてきた時間よりも短くなる。
そう考えたとき、何をやらなくてはならないか?何をやってはいけないか?そんなことを日々考えた。
しかし、スティーブ・ジョブスから言わせれば、それも実に甘い考え方に過ぎない。
彼は、明日という時間さえないかもしれないというのだから。
数年前一世を風靡した著書マネジメントの中でドラッカーもこう言っている。
「明日何をすべきかではない、不確実な明日のために今日何をすべきかである」

私たちに残された時間というのは、何十年なのか?或いは明日までなのか?それは神のみぞ知るのだろう。
いずれにしても永遠の時間ではなく期限付きであることは間違いない。
期限付きだからこそ、生き生きとした生き方をしようとし、今ある命や人を大切にしたいと思うのだろう。
誰もがいつかはこの世に別れをするときがやってくる。
その時に、人生にありがとうと、周りの人にありがとうと言える生き方をしたいものだ。
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広島県在住。
複数の会社と店舗施設を経営。自分に出来ないことはない、という自信過剰ぎみの精神力を糧に、新しいものに挑戦し続ける中年です。

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