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 - 2014.01.27 Mon

 昨晩、タバコを大量に吸っている夢をみた。
夢の中で禁煙に失敗した自分を自ら叱咤しがっくりとうなだれていた。
目が覚めて、あぁ~夢だったんだ・・・ということはまだ禁煙は続いている・・・
自然と少し笑みがこぼれた。

 今年に入って、毎日膨大な夢を見るようになり、苦しい夢や悲しい夢に苦しんでいた。
更には、金縛りも加わり夜眠ること自体が憂鬱にさえ思えたりもしていた。
苦しい夢を見ている最中に、「これは夢だ」と気づくことがある。
その時に、二つの思考が働く。
一つは、早くこの夢から覚めよう、と思うこと。
もう一つは、どうせ夢なんだからどうなってもいい、結末を見届けてやろう、という楽観視。
夢だとわかっていても苦しいときには苦しいので、早く覚めようと努力する。
やっと夢から覚めたと思うと、実は現実世界ではなくまた別な場面(夢の中)で目覚める。
そんな繰り返しのなかで最後にやっと本当に目覚めたら金縛りになる・・そんなことが
頻繁に起こっていた。原因は薬にあるように思えて、数日前から一部の薬を中止したり
量を減らしてみたりいろいろと試してみた。すると、夢見は全然違うものになってきた。
苦しい夢っていっても冒頭に書いた喫煙を初めてガッカリするような夢の程度。
これくらいならどうっていうことはない。
しかし、「夢」っていったいなになんだろう?

 最近は毎晩夕食後に少し本を読んでいる。特に読みたくてしかたないわけではなく、
本を読むという行為は少し自分を前進させている気がするからだ。
日々数ページでも読書をする、それを習慣にしていく、それによって昨日よりもほんの少し
知識が増えるかもしれない、少し人間として成長できるかもしれない、そんなことを思う。
もっとそれに早く気付けばよかったのですがね・・・

 昨日は、五木博之の「退屈のすすめ」という本を読んでいた。
退屈な時間を推奨するわけではなく、むしろ退屈な時間を如何に知的に生きるか、知的な
時間に変えるかということを五木博之自身の趣味や体験からその方法を書いてある。
昨晩は第7章「夢と遊ぶ」を読んだ。
ちょうど夢に苦しめられていた時期だったから、興味深く読めた。
ここでいう「夢」はいわゆる「将来の夢」の夢ではない。
実際に夜寝て見る「夢」と、日中空想や想像で作り出す「白昼夢」のことを指す。
そうした夢をどういうふうにして楽しく過ごすか、自分の意思でもってどこまで抑制し
あるいは自由に操れるか?そうしたことを五木博之なりの方法が書いてあった。

 私は、物心ついたころより空想にふけることが多かったように思う。
満たされないことも多かったからかもしれない。想像の世界には、完全な自由がある。
法律もなければ抑圧や妨害もない。すべて思うがままの世界を作り出せる。
いわゆる白昼夢の中で遊んでいた。しかし、そのことは他言することはなく自分の心の
中にしまっていた。何かしら後ろめたさや罪悪感みたいなもの、あるいは惨めさを感じていた
のかもしれない。
 その癖は今でも少し残っているが、今は現実を一生懸命生きようと必死である。
本の中で、「夢と遊ぶ」ということは、私のそうした体験を全く肯定するもので、むしろ
大切な行為、知的な行為として勧めていた。私はとても大きな安堵感に包まれた。
 思えば空想する、想像するという行為は私にとってはある意味天命だったようにも思う。
物づくりを職にすることは幼い時から考えていた。
 何もない空間に、壁や天井を作ることで制限された空間ができる。
それらを色づけし、素材を考え、家具の配置を考える、照明は光が当たった状態と影に
なる部分を想像し、窓から差し込む日中の太陽光を考える。窓を開ければ風が吹き込むかも
しれない、雨の日にはその窓から少し雨も入ってくるかもしれない。
ソファに腰掛けた時、下がった目線に映るものを想像し、入り口の扉を開けた瞬間、最初に
何が見えるか、何を見せたいかを考え想像する。
そんな作業をして設計に取り掛かる。頭の中には高性能な3次元CADがあるようなものだ。
どんな空間も即座に想像で作り上げる。そしてその後に本当の設計にとりかかる。

 そういえば、某ビジネス書にこんな一文があった。「すべてのものは2度作られる」
まず頭の中で作られてから、実際に形になる。
建築やインテリアはもちろん、日用品、文具、家電品、なども、洋服や革製品・アクセサリー
なども、毎日作っている料理だってそうだ。
すべてのものは一旦頭のなかで作られる。メニューを考えずに料理をすることはありえない。
誰もが「想像」の日々を送っている。
問題はその内容、その自由さ、発展性、ユーモアなどではないだろうか?

 そう考えれば、空想にふけるのも悪くはない。まず一回目の制作である「想像」には
1円もかからない。だれも文句を言わない。自分だけの最高のもの。

 思えば、想像力の豊かな人は何にも精通していたり器用で多趣味で多芸な人が多いような
気がする。何かを始める場合に、やみくもに取り組むのではなくて、それを学び想像し
完成や成功をイメージする。強くイメージすることが近道になる。
それができるかできないかは想像力の豊かさによるんじゃないだろうか?
 白昼夢というと何かしらマイナーでネガティブなイメージがあるが、リアリティのある
空想ができるということは、ある意味人生を豊かにしてくれるのかもしれない。

 本書では同時に、寝て見る夢についても自由に作り上げて楽しめばいいとしている。
訓練すればみたい夢がみられ、夢で満足感も得られるという。
寝ている時間も人生にとって大きな時間。これも有意義に使おう、そう考えると面白い。
 悪夢に苦しむ毎日だったけれども、自分でそれさえも制御できるようになれば、
悪夢も楽しめるかもしれない。
 私たちすべての人間が持ち合わせている絶対的な支配的世界、それは自我。
想像・空想・夢は誰にも邪魔されない自由の世界なのです。
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Author:tsutsui-s
広島県在住。
複数の会社と店舗施設を経営。自分に出来ないことはない、という自信過剰ぎみの精神力を糧に、新しいものに挑戦し続ける中年です。

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