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娘の言葉 - 2013.07.16 Tue

 数日前、長女が私に妙なことを言いだした。

 それは今から16~7年前の出来事のこと。
家族であるキャンプ場へキャンプに行った時だった。
公園内にあった2人乗りのボブスレーに私は娘と二人で乗った。
運転するのは娘だった。コーナーに差し掛かった時、ちょっとスピードが速すぎないか・・
と思った瞬間バランス崩して大きく転倒した。
転倒と言うよりもボブスレーごとコース外へ落下したのだ。
これによって私と娘は怪我を負った。
私は腕を大きく擦りむき血を流していた。娘は額を切って血を流していた。
娘は「とうさん、ごめん。だいじょうぶ?」と私を気遣っていた。
しかし、顔面から血を流している娘の方が遥かに怪我の度合いが大きく、
私は娘を直ぐに病院へ連れて行った。

 その日のことを思い出して言うのである。
「父さんは何でも出来て、何でも完璧な人だと思っていた、
だから、失敗はしないし、災難も襲ってこないと思っていた。
だからボブスレーで転倒した時に、なんで父さんが?と思った」

「でも、とうさんはボブスレー運転していなかったよ」そう言うと、
「うん、運転していなくても父さんといれば大丈夫だと思った」と言う。

 娘が頭に描く父親のイメージは「完璧な人」だと言うことを初めて知った気がした。
いつも失敗やドジばかりやってしまう、ちょっと間抜けな父親だと思っているのではないか?
と、実は私は思っていた。それだけに、その話を聞いたときとても嬉しかった。

 人の行動や活動の動機として「認められるため」というのがあると思う。
先生に、親に、上司に、恋人に、友達に、社長に、仲間に、「認められたい」
その動機の強さは人それぞれで比べるのは難しいが、私の場合は少ないようにも思う。
目上の人や達人に出会うと、その人に認められることよりも、追いつきたいと思ってしまう。
だから時として、認められるのではなくて、嫌われることもある。
それでもいいと私は思う。私は上下関係よりも互いに切磋琢磨できる仲間が好きだ。

 認められることを目的に行動する人は、認められた瞬間目的が果たせ喜びを得るのでしょう。
私は、娘に認められた瞬間、父親としてそれを目的にしたわけではないけれども、
とても嬉しかった。

 考えてみれば、認められて一番嬉しいのは、他人ではなく家族ではないか?と思う。
妻や娘や孫から、何かを認められた時、それが一番嬉しいと私は思う。
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広島県在住。
複数の会社と店舗施設を経営。自分に出来ないことはない、という自信過剰ぎみの精神力を糧に、新しいものに挑戦し続ける中年です。

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