topimage

2017-09

スポンサーサイト - --.--.-- --

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

諸行無常 - 2012.12.22 Sat

 昔から我妻は子供がグラスや皿を割ったり、おもちゃを壊したりしても、決して叱らず、
「形あるものは全て壊れる、しょうがない」と潔くその物に対して諦める言葉を発してきた。

 形あるものは全て壊れる、これは物だけでなく万物全てに共通した仏教の教えでもあり、
生じたものは全て滅するという教えで、仏教用語では生滅や諸行無常と言われる。

 人は、物を得ること作ること、作物の種を植えること育てること、生き物が生まれること成長すること、
それらに喜びや生きがいを感じるものである。
しかし、それらは全ていずれ滅するものであるということ、その覚悟はなかなか出来ないものである。
だから、失う時には深い悲しみに陥るのである。

 昨日も突然訃報が入った。
何十年も付き合いのある取引業者のMさんが心筋梗塞で亡くなったとのことだった。
つい先日も一緒に仕事をしたので、突然の訃報に驚きとショックを受けた。
Mさんは私よりも若いまだ50歳という年齢である。
先日、とても元気だった我家のお向かいさんである町内会長が突然動脈瘤破裂で亡くなり、
先月末には、我施設の責任者のお父様が他界した。
思えば昨年末にも、我社の40代の社員がクモ膜下出血で倒れて亡くなり、同時期に我社の事務担当の
女性のご主人が50代の若さで亡くなった。
昨年末、そして今年も押し迫って、この世は正に諸行無常であることを思い知らされた。

 突然死は本人にとっては楽かもしれないが、周りの人は心の準備が出来ていないことから、
とても苦しい現実を受け入らざるを得ないことだろう。
諸行無常という言葉は理解できても、その教えを理解するのは容易くない。
形あるものは全て壊れ、生じたものは全て滅する、それが理解できても受け入れられない理由がある。
実は壊れないもの、滅しないものがあるからだ。
それは、記憶であり想い出である。
記憶も想い出も全て滅するというなら、何の苦痛もないだろう。
しかし私たちの記憶や想い出は、一切色あせることなく心の中に刻まれているのだ。
そして記憶が蘇る度に、悲しみに打ちひしがれるのである。
諸行無常という言葉は、凡夫にとってはある意味物理現象でしかない。
教えを請わずとも、生じたものは全て滅することは知っている。
それでも人は「永遠」という言葉を無いと分かっていても信じてやまない。
それで良いのではないかと思う。
そもそも、自分の人生という尺度を超えて、何かを持ち続けることも、思い続けることもできはしない。
だから、自分の人生の中だけでも、永遠を信じ続ければよいのではないかと思う。
失うことを前提に生きるのは、冷めた人生でしかない。
今あるもの、残されたものを信じ、大切にして生きればいいのだと思う。

若くしてこの世を去った方々へ、改めて 合掌
スポンサーサイト

● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック:

http://yumemio.blog.fc2.com/tb.php/148-1cbd40e6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

年賀状 «  | BLOG TOP |  » 果報は寝て待て

プロフィール

tsutsui-s

Author:tsutsui-s
広島県在住。
複数の会社と店舗施設を経営。自分に出来ないことはない、という自信過剰ぎみの精神力を糧に、新しいものに挑戦し続ける中年です。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (1)
季節 (18)
プライベート (67)
震災と復興 (5)
ブログについて (9)
モノローグ (130)
バイク (63)
エッセイ (35)
仕事 (16)
趣味 (4)
妻の闘病記 (11)
政治・経済 (11)
家族 (5)
禁煙物語 (7)
入院日誌 (13)
自然災害 (1)
スポーツ (4)
カープ (5)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。