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2016-12

とりあえず年内に - 2016.12.31 Sat

 今年もあと6時間ほどで終わりだ。
とりあえず年内に、不満なことや疑問に思うことを昨日と今日で書いて少しスッキリ。
来年は、良い年にしたい。
いや、今年も良い年だった。
もっと、来年は良い年にするのだ。
やりたいこと、やらねばと思っていること、それを実行に移していきたい。
来年は還暦という大きな節目ではあるが、立ち止まるわけにはいかない。
来年に向けてエンジン始動!

それではみなさん、よいお年を。
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カジノ法案に反対 - 2016.12.31 Sat

 年末のドタバタの中でカジノ法案はいつの間にか可決されてしまった。
IR法案が可決されなければ実際にはカジノはできないらしいが、それも時間の問題だ。
そもそも日本にカジノが必要なのだろうか?

 私は絶対反対だ。
まず、ギャンブル産業は全く生産性のないもの。
統合型リゾートと称し、ギャンブル場やホテルを建設しても基本的にそれらの膨大な
投資や運営コストはギャンブルで賄われるだけで、単にお金が消費されなくなるだけだ。
第一次産業や二次産業のように何かを生み出すわけではない。
また第三次産業の中の娯楽やレジャー産業のように心の豊かさや楽しさを提供するものでもない。
殆どの人はお金を失い失望的、自虐的、絶望的になってしまう。
心を不健康にし、家族を犠牲にするかもしれないし、破綻者が続出すれば、
生活保護など税金をあてにする人も増えるかもしれない。

 なぜこんな未来に何も生み出さないものをやろうとするのか?
外国人観光客が利用すれば多少の外貨が稼げるかもしれないが、外国人観光客には
もっと別なものにお金を使っていただく方がはるかに国益にもなる。
全くノーリターンなものになぜ投資するのか?
それよりも、今からの日本を支えていく子供たちになぜもっと投資しない?
6人に1人は貧困という事態になぜもっと目を向けない?
ギャンブルで国が豊かになるなんて本当に考えている政治家がいるなんて情けない。
東京オリンピックにしても何兆円という費用と、その後の維持費を考えれば、
今となっては遅いが人口減の日本では開催しない方がよいと思う。
お金の使い方を知らない人たちが、その使途を決めるのだからたまったものではない。
本当に必要なものは、もっと沢山あって、別なところにあると思うのだが。

ふるさと納税で地方創生? - 2016.12.30 Fri

 今から8年前に始まったふるさと納税。
自分の出身地など任意の自治体に寄付を行い、その殆どが居住地の住民税から
控除されるというもので、地方創生の一環として始まった。
 当初、とてもいいシステムだと思った。
私も、毎年自分の出身地(人口数千人の島)に寄付をしていた。
お礼品として島の特産品が送られてくるのも楽しみだった。
更に、このシステムがいいのは寄付であることから使途を指定できることだ。
私は、いつも子育て支援や教育資金などを使途目的に選んでいた。

 しかし、このところ寄付や納税の意識ではなく、特典のお礼品目的のものが
多くなり、その地の特産品ならまだしも、パソコンや家電品や不動産(?)までもが
お礼の品になるなど目的から逸脱したものも多くなり問題になっている。
更に問題なのは、高所得者ほど優遇されるということだ。
楽天市場でもふるさと納税の受付ができるが、中には120万円なんていう寄付額が
あり驚いた。年収、4000千万くらいの人なら120万寄付しても実質2000円の負担で
殆どが戻ってきて、沢山のお礼品が頂けて丸儲けになるというシステム・・・
更に不可解なのが、ふるさと納税ポイント10倍なんていうのもあり、
つまり10万円分寄付すれば、2000円の負担で98000円税金が戻ってきて
5~6万円相当のお礼品が頂けて、無条件で1万ポイントが貰える(!?
これって、税務上どうなの?と思ってしまう。

 とにかくふるさと納税はしないと損なわけだが、もうこうなるとどの自治体なんて関係ない。
もしも田舎に住んでいたら、自分の住んでる自治体よりも大きな自治体に寄付しかねない。
国全体としても税収が増えるわけでもなんでもなくて、では一体だれが得するのか?と
考えると、高所得者だけが得をする制度、ということが明確になってくる。
プレミアム商品券もそうだったけれども、こんな意味のないシステムをつくるだけで
運用するだけでも膨大な経費がかかり、その経費は税金で賄われ、
そして金持ちだけが得するシステム。
結局は税金のバラマキでしかない制度。
もっと他に、底辺の人を救える制度や政策を考えられないものだろうか?

何が一番大切だったのか? - 2016.12.30 Fri

 昨晩、ニュースキャスターの番組内で清原和博氏のインタビューがあった。
話していることが全て真実として、今一つすっきりとしないことがある。
 
 過去に覚せい剤の大量使用などで救急搬送などして周りに大きな迷惑をかけている。
特に家族には。
温厚な父親からは初めて殴られ、母親からは「もう一度あなたをお腹の中に戻したい」と
まで言わせ、自分の罪の大きさを知ったという。
子供の笑顔を見ると、それが心に突き刺さったという。
それでも覚せい剤というのはやめられない、化け物、怪物、悪魔だと言った。
しかし、逮捕され独房に入れられ、そして汚れた風呂の栓を抜かされたときに、
情けなくて涙が出た、という。

 意地悪な考え方かもしれないが、何の罪もない家族を苦しめてきたことの辛さと、自分が独房に
入れられて体験したことの辛さと、どちらがより辛いのだろうか?
もし、家族を苦しめたことの方が辛いとするならば、覚せい剤はやめられないだろうと推測される、
もし独房に入れられる方が辛いとするならば、覚せい剤はやめられるかもしれないが、
愛情に欠ける自分勝手な人間ということになる。

 清原和博氏に限らず、結局人は自分自身が一番大切でかわいいのかもしれない。
留置場生活での屈辱と後悔を忘れないというが、
汚れた風呂に手を突っ込んだことの体験はあまり伝わらない。
私だって、仕事上ではあるが他人の使用した風呂に何度も素手を突っ込んだこともあるし、
他所の家の便器を撤去したこともある。
便器が詰まれば業者が直す。便器を外して汚物の詰まった配管内を綺麗にする。
 いくらスーパースターだったとしても今は犯罪者だ。
汚いことをさせられたくらいで涙するのは、まだ自分が特別な人間だと思っているからなのか?
もっと別なことに悔しさを感じてほしいものだ。

未来のために・・ - 2016.12.17 Sat

 私の住む場所のすぐ南隣には山陽新幹線が通っており、東側には一級河川がある。
一級河川とはいってもそれほど川幅は広くない。
この川を新幹線がまたいでいるわけだが、川の中には1本の橋脚がある。
数年前から、この付近の陸上の橋脚についてはずっと補強工事がされてきた。
橋脚のピッチは色々だが短いところで10mくらい。
これが南北に2本ずつ立っている。
全ての橋脚には厚い鉄板が巻かれていった。
山陽新幹線が開通したのは、今から41年前で寿命とされる40年を超えたことと、
当時の耐震基準と現在の基準が大きく異なることからの対応だろうと思われる。
それにしても、山陽新幹線だけでも路線距離553kmもあり、橋脚の本数は膨大な数。
平均15mピッチとしてもWの橋脚がメインだとして単純に7万本以上になる。
橋脚の補強だけでも膨大な時間とコストがかかることになる。

 陸上の橋脚の補強はこの付近において数年間で大方が終了した。
気になっていたのは、川の中にある橋脚。
どうやって補強工事をするのか?と思っていたら、2カ月ほど前からその作業が始まった。
橋脚補強工事1
 道路側から進入口となるステージを作る。

橋脚補強工事2
 それを橋脚へ向けてどんどんと広げていく

橋脚補強工事3
 そしてついに橋脚に到達
多分、橋脚をぐるりと取り囲むようにステージを設置するのだろう。

 ここまでの工事で約2カ月間。
工事は来年6月頃までかかるそうだか、私は直ぐに金額換算をしてしまう。
土曜日も作業をしているので、工事日数は約200日くらいだろう。
警備員、作業員、監督、重機の運転車など毎日十数名が作業している。
現在は仮設工事だが、今後本工事が始まればもっと増加するかもしれない。
いずれにしても人工数は延べで3000人くらいか。
とすると人件費だけでも約5000万円。
事前の調査費や設計費など現場外での人件費も発生するし、
重機の使用料、仮設材費、そして橋脚補強の本工事費などを考えると約1億円くらいだろうか?
たった一本の橋脚補強で1億円・・・
山間部の谷あいや、もっと川幅の広い場所など困難な部分も沢山ある。
それらを全部補強して延命したとしてあと何年もつのだろうか?
40年は無理だろうから20年~30年といったところか。
東海道新幹線においては、1959年に着工し先の東京オリンピックの開催年度である1964年に開業した。
既に50年以上経過しており、当然補強工事も施されているだろうけれども、
いつまで使い続けるのか?と考えると、私たちの次の世代までは持たないと予測される。

 高速鉄道は高度成長期時代を象徴する公共事業の一環としてすすめられた。
高速鉄道だけでなく、高速道路や、瀬戸大橋など島嶼部への橋の建設など大規模なインフラ整備が
一気に進んだのもこの時期だった。
当然ながら、それらの寿命が一気にやってくることも想像に容易い。
それらを延命すべく、補強や補修工事が行われているが、膨大なコストがかかることは間違いない。
その費用をだれが負担していくのか?
今では殆ど人が住んでいないような山間部や島などでも多くの橋や道路がある。
あまり車が通らないからという理由で補強をせず放置することはできないだろうし。
 そうした問題の中である現象が起きている。
私たちが普段利用している道路で少しずつ景観が変わりつつある。
それは歩道橋が姿を消していることだ。
歩道橋の維持管理は各自治体によるが、その負担が大きいことから次々と撤去されている。
歩道橋は撤去されても、横断歩道を使えばたいした問題ではない。
高齢化が進む中、歩道橋の利用者は極めて少ないのが現状で、撤去は景観上、維持費上からも
適切な判断だと思う。
しかし、橋や高速道や鉄道においてはそうはいかない。
未来永劫そこにあり続けるはずと誰もが思っている。
もちろんなくては困るのも事実。
しかし、これ以上作る必要がないことも事実じゃないだろうか?

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tsutsui-s

Author:tsutsui-s
広島県在住。
複数の会社と店舗施設を経営。自分に出来ないことはない、という自信過剰ぎみの精神力を糧に、新しいものに挑戦し続ける中年です。

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