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2015-07

金魚と蛙と迷い猫 - 2015.07.29 Wed

 この時期は夏休みということもあり子供たちにとっては嬉しい時だ。
そして夏祭りが多く屋台や夜店が出ることも多い。
先日、孫娘が金魚すくいをして5匹ほどの金魚を持ち帰った。
しばらく金魚は飼ったことがなかったので金魚鉢がなかったのでホームセンターに
いき小型の水槽を買ってきた。

 夜店の金魚が長生きしたのは過去の記憶では1回だけだ。
大抵は数日で死んでしまう。
そうなると金魚がかわいそうというよりも孫娘がかわいそうなのでなんとか
生き延びるように飼育方法も調べて手を尽くしたが結局1週間ほどしか持たなかった。
小さな子供でも生き物の死に直面するのはショックらしく、しばらくは死んだ金魚を
埋めることができず冷蔵庫で冷凍保存することになった。
数日後には元気になり、また新しい金魚をすくって来よう、なんて言ってきたが、
飼う側の私たちにとっては、できるだけ金魚のことを忘れてもらいたいと願うばかり・・

 金魚のことをすっかり忘れた先週末。
家内の実家に遊びに行った孫娘たちが今度は蛙を捕ってきた
7匹捕ったというが実際には4匹しかいない。
残りの3匹は家の中で逃げたのか、車の中で逃げたのかわからない・・・
あまり考えないことにする。
取りあえず、金魚用の水槽が空いていたのでそこに入れてやる。
カエル
蛙の飼育方法なんて知らないしとうすればいいのだろう?と思うが、
逃がすわけにもいかず、結局は私たちが面倒みるしかないようだ。

 そうこうしていると、一昨日の朝子猫が迷い込んできた。
いや、一人で遠出できるほどの子猫ではないので捨てられたのかもしれない。
人にとても馴れているので多分飼い猫だと思われる。
最初はミャーミャー泣いていたがお昼にはすっかり慣れてしまい、私の物置ラックに
陣取って昼寝を始めた。
FullSizeRender.jpg
どうすりゃいいんだろう?とりあえずは保護してやるとしても、飼うことは難しいかもしれない。
もう還暦が近い私たちにとって、新たにペットを飼うことは難しいのだ。
ペットの寿命とこっちの寿命を天秤にかけると微妙なところだから・・・
かといって保健所へ引き取ってもらうわけにはいかない。
そのあとどうなるか?がわかっているから。
なんとか里親を探す手立てをしなくては・・と考えていた。

すっかりなじんで、その日は私が作っていた猫用の家に入り寝ていた。
ところが翌朝、姿が見えない。どこを探しても見当たらない。
前夜、捨てた人が思い直して引き取りに来たのだろうか・・・
或いは、自分の住家に戻ったのか・・
1日だけの迷い猫。
思い返すと可愛かっただけにさみしい気もする。

 生き物を飼うということは、それなりの覚悟が必要だということを改めて感じた今日この頃。
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ウォーキング - 2015.07.24 Fri

 最近、家内共々健康オタク化してきたように思う。
健康番組は録画して視て色々実践してはみるが効果のほどがわからないから続かない。
そんな中で、続いているのがウォーキング。
やはり健康番組で70歳くらいの高齢の方が毎日40分元気にウォーキングをしているのを見た。
まだ僕らの方が全然若いんだからやってみよう、といきなり始めた。
もう丸2ヵ月になるが雨が降らない日はウォーキングを実践している。
しかし最近は雨が多いのでお休みも多いが・・・。
 
 始めたころは20分も歩くとフウフウ言っていたが今では1時間でも大丈夫。
1時間歩くと夜であっても蒸し暑いこの時期は汗ダクになってしまう。
いつも家内と一緒に出掛けるが、終始無言のまま歩くことが多い。
おしゃべりしていると呼吸が合わなくなって歩きにくいからだ。
コースは家を拠点に半径3kmくらいだろうと思う。
もう狭い路地まで歩きつくした感じだ。
いろんな家やお店や会社があるがその多くを覚えてしまった。
沢山の道がありそこで暮らす沢山の人たち。
今まで知らなかった多くのことを発見できた。

 ウォーキングを始めた理由は腰痛緩和とダイエットが目的だった。
確かに腰痛は以前に比べると随分と良くなった。
しかし、ダイエットは全く効果なし・・・
始めた当初は直ぐに2kgほど痩せたので、大いに満足していた。
ところが1ヵ月ほど経過したころから体重が増えてきて、今ではプラス3kgになった。
つまりウォーキング前よりも1kg体重が増えてしまったのだ!
なんとも解せない・・・
ウォーキングを継続することで筋肉量が増えてきているのだ・・・
そう思うことにしているが実際のところはわからない。

 もう一つ、ウォーキングの効果を感じることがある。
それは脳のリフレッシュ。
色々ストレスもあって疲れていても、雨が降っていなければ基本的に出かける。
歩くことに意識を集中していると、頭の中のモヤモヤもいくらか解消される気がする。
夜の帳が下りると街灯のない路地は暗闇になる。
だから道と空を意識を向ける。
ただ歩くこと、そのことだけを考える。
ウォーキングを終える頃には脳も少しクリアになっている気がする。

 さて、そのうちウォーキングからランニングにランクアップしようか?と考えている。
人間の身体は順応性が高い。ウォーキングが日常になれば身体的苦痛はない。
となると次はランニング!
そして、いずれはハーフマラソンくらい走れる身体能力を身につけたいとも思う。
年齢を重ねながら元気な体になっていくってちょっとカッコいいと思ったりもする。 
 

民意が反映されない民主主義 - 2015.07.20 Mon

 ついに安保法制は強行採決で可決されました。国民の理解が得られていないと
野党議員は猛反発していますが、理解を得ようなんてまず無理でしょうね。
そもそも安保法制関連法案が何なのかってわかりませんから。私もわかりません。
条文を読んでる人って殆どいないでしょうし。
だから今まで国民に分かりやすくということで色々なおそまつな比喩を使ってきました。
その最たるものが安倍首相がニコニコ動画にまで出て話した「安倍君、麻生君」の比喩。
安倍君が悪いやつらから殴ってやると言われていると麻生君が守ってやると言う・・・?
いやぁ~私なら私も殴られるのかもしれないから守ってやるとは言わないなぁ~と思った(笑
先生に言うか警察に言えよって言うくらいかな。みんなそうでしょ?
比喩って現実的じゃない喩えを使うと逆にマイナス効果なんですよね。
多いのが、スーパースターや偉人の例をあげてあなたにだってできる、みたいな話・・・
説得したいなら、もっと現実的な一般的な事実に基づいた比喩じゃなくちゃいけない。
例えば抑止力について説明するのに、
「アメリカは自分の身を守るために拳銃の所持が認められている。それと同じ理由で
日本も軍事力を強化しいつでもどこでも拳銃の引き金を引けるようにしなくてはいけない」
と言えば理解しやすいかもしれない。もちろんみんな反対するだろうけれど。
そもそも、有事の際には絶対に戦場へ出向く可能性がない人たちばかりが決めている法案
ですから、今からの日本の将来を支えていこうという人の意見は全く反映されていないのです。

 新国立競技場の問題も「なんで?」と不思議だらけですね。
安藤忠雄氏もついに会見をしたけれども予算については「そんなに要るんだぁ」と他人事。
そもそもデザインコンペって予算ありきで実施されるのが建築業界の常識だ。
予算が青天井ならどんなデザインだってできますからね・・・
1300万円の予算で新築の家を設計してもらったけれども、実際には2500万かかりそう。
でもデザインがいいからしょうがないか・・って思う人居るんですかね?
安倍首相も安保法制で国民の気持ちを無視したから、これくらいは聞かなくてはと白紙に戻す
決断をしたけれども、それで問題解決と言えるのだろうか?
誰の問題か、誰の責任か、こうなった経緯、それらを明確にして今後同じような税金垂れ流しが
起きないような仕組みを議論してもらわなくてはならないと思うんだけれども?
数千億円という巨額な公共工事だから目立つだけで、表に出ない数億円規模のこうした事例は
山のようにあるんだろうな?と想像できる。そういう無駄が起きない仕組みを考えて欲しいのだ。

 他にも派遣法、原発再稼働、TPP、なども政治家のための政治って感じですね。
日本はどこに向かってるのでしょう?
日本の政府総債務残高はGDP比率でギリシャを抜いてダントツ世界1位です。
ギリシャの心配をしている暇はないのです。
政治家の平均年齢は一般企業に比べて遥かに高く、日本の将来を担っていく人たちではない。
新国立競技場の建設費や軍事費を子供の教育費や子育てに少しでも予算をあてる方が
遥かに建設的で未来が描けると思うのですがねぇ~
ほんと退屈なニュースの多い今日この頃だ。

うたかたな日常 - 2015.07.17 Fri

 毎年台風がやってくるとその進路を注視している。
今回の台風11号は直撃の可能性が高かったから特に神経をつかった。
運営施設の安全確保や建物設備の破損防止などできる限りのことを尽くして台風に備えた。
しかし、台風11号は少し東よりの進路をとって進んだことから殆ど影響がなかった。

 多少、台風の吹き替えしの風は吹いているが、どうっていうことはない。
今回も何もなくてよかった。ただそう思う。
一日が何事もなく無事に終わることが最近は一番うれしいと思う。
体調を崩すこともなく、仕事やプライベートでのトラブルもなく、人と面会することもなく、
電話もなく、天気は曇りか晴れで、何も悩むことのない一日。
そんな、記憶に残らないような一日が一番うれしいような気がする。

 思えばここ数年は、生きてきた人生の中でも結構辛い時期だったようにも思う。
何度も体調も崩したし、仕事上の辛いことや、精神的に辛いことも多かったように思う。
本来ならば変化が多く、昨日とは違う一日の方が楽しくてウキウキするものだが、
現状維持を願うのは、歳のせいとここ数年の年月のせいなのだろうと思う。

 寝床につくとき「今日も無事に一日が終わった」と安堵感に包まれながら眠りにつくが
それは限りある人生の時間を一日分消化しただけであり、なんとももったいない気もする。
しかし人生そのものが苦に満ちているものとするならば、何事もなく一日をやり過ごすことは
苦悩を一つかわすことで理にかなっており有意義なことともいえる。
 
 子供のころ、台風が来ると直ぐに停電になっていた。
腕木まで木製の木電柱はその脆弱性から直ぐに腕木が折れて断線して停電した。
暗い部屋でろうそくを点けてラジオで台風情報を聞いていた。
心のどこかで、「これからどうなるんだろう?」という不安以上にワクワク感があった。
子供心にはこうした非日常が楽しみだった。
何も起こらず記憶にすら残らない日常なんて退屈なものだった。
 
 だからといって今がつまらないわけでもない。
今は多くの役目がありそれを果たすためには、このうたかたな日常こそ大きな意味がある。

二度とやらないと言えるか - 2015.07.14 Tue

 昨年春に禁煙実施して4ヵ月くらいで挫折した。
ただ、かつて一日に2~3箱吸っていたのが、1日1箱以内にセーブはできていた。
そして徐々に本数を減らしてきて、今年3月にまた禁煙スタートをした。
今回も4ヵ月になるが、やはり喫煙したい欲望はおさまらない。
なにかにつけぽっかりと空いた穴のようなものが埋め合わせできなくてイラついたりする。

 禁煙という言葉は喫煙者だけに与えられる言葉だ。
禁煙成功というのは何年経っても到達できない目標地点だ。
しいて言うならば、命つきる日まで吸っていなければ、その日が成功の日ともいえる。
 特に強い意志でやめたわけでもない。
周りに迷惑をかけたくないことと、昨年末から歯科治療をしているが、毎回先生に
「禁煙する気はありませんか?喫煙は最大の歯周病リスクですよ」
そういわれ続けることにも疲れていた。
それに、自分は何も努力(禁煙)せずに歯をちゃんと治療してください、
と先生にお願いするのは虫のいい話だと思ったから。
そんなわけで、二度と喫煙はしないか?と問われると、しないという自信がない。

 この十数年間、田代まさしをテレビで見るのは逮捕されている映像ばかりだ。
数日前に何年ぶりかでテレビに登場したのを見たとき、「またかっ・・・」と思ってしまった。
覚せい剤もわいせつ行為もやめられないなら「やめます」って公言しなければいいのに。
今回懲役刑になるのかどうかは知らないけれども、きっとまた彼はやりますよ、そう思う。

 これは犯罪の話であって、・・・喫煙は嗜好であり全く関係ありません。
喫煙はいいと思うのです。禁煙に失敗したって人に迷惑をかけるわけでもないし、
人よりも多くの税金を払うことになるから世の中のためになるかもしれません。
平均寿命が数年短くなるとするならば、社会保障費も数百万は節約できます・・
税金を沢山払って節税にもなる!正に一石二鳥。
犯罪じゃないから何も悪くはないのです。
ただ、喫煙者はなかなかタバコをやめられない、ということを知っているということです。
一度覚えた「刺激」というのは脳の中に刻まれて決してなくなることはないのです。
そして、その封印を解く鍵はその同じ脳の中にあるのです。
だから二度とやらない、という誓いはいつも疑わしいのです。
犯罪も似た心理なのかもしれない、とふと思うのです。
 
 最近、また読書をすることが多くなりました。
先日、書店のレジ近くのワゴンに「絶歌」が平積みされているのを見ました。
ご丁寧にビニールでラッピングされ立ち読みを拒んでいるかのようだった。
アマゾンではランキング1位らしいが、この大型書店に平積みされた量はかなり多く、
手にとってみている人も見かけない。売れているとは思えなかった。
善良な市民であればだれもが少年Aを許さない。何年たっても。
だからあえて彼の書いた本を買わない、それが意思の表れだろう。
人目も気にすることなく購入できるネット通販では逆に、心の中のたがか外れて興味が
勝り購入する人も多いのかもしれない。
 著者は「元少年A」となっている。
元ということは、今は更生して犯罪者ではないということを意味しているのだろうか?
犯罪者ではないと胸を張って言えるのならば、実名を名乗ればいいではないか?
自分の姿は身をひそめ、凶悪犯罪に至った心理や生い立ちを書き連ねても誰の心にも届かない。
多分、書かれてはいないであろうと思われる、常軌を逸した犯罪で覚えただろう快感のようなもの、
大きな刺激や歪曲した優越感、それらは少年Aしか知り得ない。
彼の脳の中から、犯罪を犯した動機や理由の全てが消え失せたと誰が証明できるだろうか?
二度とやらない、もう更生した。と誰が言えるだろう?
決して許されない、許せない、認められない、だから本を読む必要もないと思うのだ。
本を読む、ということは少年Aを理解しようとすることだ。
彼の脳を理解できるのは彼自身しかいない。誰も同じ体験をしてはいないのだから。

 禁煙者は一生「禁煙中」であることを目指したいと思っている。
禁煙成功がないことも知っている。
嗜好の一つである喫煙でさえ、みながそう思っている。
まして犯罪者には「更生した」という日は決してこない。
一生、更生中である。
命を終えるその日に最後の息を引き取る瞬間に「更生した」と認められるだろう。
名前さえ出せない人間の言葉は信じられない。 

依頼 - 2015.07.04 Sat

 私は営業活動が苦手だから今までに仕事をくださいと頭を下げて回ったことがない。
だから本業の方は仕事がなければ暫く暇な時期もある。
長く続いた建築不況から、この仕事については時間をかけて縮小してきた。
そして、後継ぎもないことからいずれは建築関係から足を洗うつもりでいる。

 しかし、ここ最近になって仕事の依頼が増えてきた。
それは単に建築関連という業種の枠にはめられたものではなく、私個人に対しての依頼である。
長年の経験と多業種にわたる経営経験を買われ、コンサルタントとしての仕事やデザイナーと
しての仕事依頼だ。

 引き続き多忙な日々が継続するが嬉しい悲鳴でもある。
しかし、頭の切り替えが難しい面もある。
一つの依頼は、比較的大規模な新規事業の経営コンサルである
前向きに取り組める仕事で、関係者と共に夢を共有できる仕事だ。
もう一つの依頼は、やはり事業としては比較的大きな事業なのだが、経営状況は既に破綻状態に
あり、どう整理すべきか、あるいは立て直しができるとするならばどうればよいか?というものだ。
全て私に一任すると言われているが、実情を調査すると到底再建は不能と思われる。
しかし、そこで働く人たちの将来も考え、私個人の考えで事業整理を進めていいものなのかどうか?
後ろ向きで夢が描けない仕事だ。

 前に進むために「やめる」という決断も必要。
重い荷物を降ろせば新たな一歩が踏み出せることもある。
依頼されたことによって、私はその未来を大きく変えてえてしまうのかもしれない。
そのとき、それが正しい道だという証明は誰にもできない。
 身体を使うことがなくなったぶん、頭を悩ませる仕事が増えたと感じる。
ありがたいことではあるが、私にそれだけの価値が本当にあるのか?という不安もよぎる。
まずは、依頼者に寄り添い真意を確かめなければ・・

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tsutsui-s

Author:tsutsui-s
広島県在住。
複数の会社と店舗施設を経営。自分に出来ないことはない、という自信過剰ぎみの精神力を糧に、新しいものに挑戦し続ける中年です。

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