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2015-04

歯科通い - 2015.04.30 Thu

 今年1月に久々に歯科に行って以来ずっと通っている。
最初は、右下の親知らずの治療だった。
抜歯する予定だったけれども、残しても大丈夫とのことで結局残した。
治療中、右上の歯が悪いことがわかった。
表面的には虫歯はないが内部が空洞とか?
神経まで達しているので根管治療が必要になった。
この根管治療というのは重要な治療だが完璧にするのが難しい治療らしい。
目視できない細かい部分だから先生の経験と勘によるところが大きい。
これを適当にやると将来根の先が炎症を起こす可能性がある。
私の通っているY歯科はこの根管治療を徹底的にしてくれるので
治療終了までに大抵数か月を要する。

 その覚悟で治療をしていたのだが、9日ほど前から新たに別の歯が痛みだした。
左下の奥歯あたりが痛い。疲れると奥歯が痛むことがあるのでそうだろうと思っていた。
しかし、翌日は更に痛みが増し、食事もできないほどになった。
鎮痛剤を飲んだが効かない。
我慢できず3日目の朝、歯科に電話して今日診てもらえないかとお願いした。
なんとか時間をとっていただいたものの、Y歯科はY先生だけなので結構忙しい。
直ぐに麻酔をして何やら治療をしたのち、鎮痛剤と抗生物質を頂いてかえる。
これで一安心、とほっと胸をなでおろす。
しかし、麻酔が切れるとまた痛み出した。
直ぐに鎮痛剤を飲む。しかしなかなかおさまらない。
追加でまた鎮痛剤を飲む・・こんなことはしてはいけないが痛みが強い時は2錠飲んでもよいと
先生に言われていた。ただ、次に飲むときは一定時間あけるようにと。
なんとか痛みはおさまったが、2時間もすると鎮痛剤の効果が薄れてきて痛み出す。
暫く我慢して、また鎮痛剤を飲む。
抗生剤が効けば痛みはおさまるだろう、そう考えて頑張っていた。
しかし、翌日になっても状況は変わらず。いやひどくなるばかり。
夜も眠れない。寝ている間に鎮痛剤が切れるから直ぐに目が覚めるのだ。
24時間痛みと戦うことは精神的にも肉体的にも辛いものだ。
4日も経過しているから山は越して明日には楽になるだろう、そんな希望で頑張る。
しかし期待は裏切られ翌日もおさまらない。更に右顎全体が腫れてくる。
夜には、鎮痛剤を服用しているにも関わらず頭や顔面、耳の周りまで激しく痛くなってきた。
そして痛いのは左半分だけ・・これはちょっとヤバイかも・・・とさすがに考えた。
家内も心配でたまらない様子。
そこで市民病院の救急外来へ行くことにした。
夜間にも関わらず、多くの患者が待合ベンチに座っていた。
2時間待ちだった。
先生に今までの経緯を話した。もちろん歯科へ行っていることも。
問診と触診をして先生は、「歯が原因ではなく神経系が疑われます」とのこと。
とりあえずCTを撮ることになった。
先生は「脳腫瘍や脳内の異常は認められません、しかし神経系が疑われるので
後日脳神経外科を受診してください」とのことだった。
神経系・・・三叉神経痛や顔面神経痛などを疑っているらしいが、そうだとすると大変・・

 その翌日は歯科予約の日だったのでY歯科へ行く。
痛みは一向におさまらず顔と顎と喉あたりが腫れ上がっていた。
Y先生に昨日病院へ行った話をすると、あっさり
「神経系ではありません、歯が原因です」と言う。
「前にも一度左奥歯が痛んだでしょ」という。確かに昨年末痛くてY歯科に来た。
その時は抗生剤を飲んで直ぐにおさまった。
ようするにその延長線上の症状、というかそれが悪化したらしい。
あまり話さないY先生に色々と質問をぶつけてみたが、明確な答えも帰ってこない。
症状を観察しながら先生なりの治療をしていくのだろうと思う。

 そして昨日、脳神経外科を受診したが神経系は問題ないとのことだった。
これはこれで大きな安心を与えてくれた。
思えば、少し腫れもひいたように思うし、痛みも少し弱くなった気がする。
やっと抗生物質が効き始めたのだろうか?
鎮痛剤も間隔が広くなった。
そして今日は更に楽になった。
まだ痛みがあり食事もし難いが普通に生活できるありがたさが嬉しい。

 明日はまた歯科受診をする日
多分、歯髄炎、歯根膜炎、根尖性歯周炎なんだろうけれども、先生ははっきり言わない。
それは、炎症がどこまで広がっているのかで病名が変わり、それを正確に判断するのが
難しいからだと思う。
しかし、単なる歯周病の一種とあなどれない。
歯痛や腫れの症状があまり出ない場合もあり、病変が広がり血液内に細菌が混入して
全身に回ると内臓疾患を起こして死に至ることもある。
抗生物質などがなかった時代、これで亡くなる人も多かったようだ。

 他の歯の治療を含め、たぶん今年いっぱいはY歯科に通うことになるだろう。
Y先生を信じて頑張ろうと思う。
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ヒューマンエラー - 2015.04.20 Mon

 前回、航空機事故のことを書いたら、その2日後の14日地元の広島でも
アシアナ航空の着陸失敗事故が起きた。
航空機事故は続くと言われるから怖い。

 一歩間違えばあわや大惨事となった今回の事故、なぜかいまだに機長の
コメントが発表されないし記者会見もない。
全ては機長が知っているはずなんだろうけれど。

 あと数メートル低かったら地面か法面に激突していたし、
あと数十メートル滑走していたら崖に落ちていた。
ほんのわずか当たり所が悪ければ燃料タンクが破れ爆発したかもしれないし、
今回の事故は色々な偶然によって人命が守られたようにも思う。

 天候が急変したから、ということは事故原因にしては欲しくない。
機長には管制官の指示がなくともゴーアラウンドを選択することができる。
天候を理由にすると、広島空港に限って着陸が難しい飛行場となり、観光客の足も遠のく。
今年、広島はカープで盛り上がりマツダが業績回復して活気づいてきたとき。
危ない空港などという汚点は残したくない。

 たとえば日本の航空会社の機長のスキルでも防げなかった事故なのか?
決してそうではないと思う。とするとヒューマンエラーということになる。
ヒューマンエラーだとしても、早く原因究明をしてもらいたいものだ。

自分の意思 - 2015.04.12 Sun

 最近、航空機事故が多いような気がするのは気のせいだろうか?
記憶に新しいところではフランスの事故や台北での墜落事故。
そして昨年のマレーシア航空機の消息不明事故。

 日進月歩のコンピュータ技術はあらゆるものを制御できる時代になってきた。
身近なところでは車の自動ブレーキシステムや自動運転技術などがある。
人間の身体能力を超えたところで制御技術は使われるため、安全性能は格段に
あがってきている。そのうち衝突しない車が社会にあふれてくるかもしれない。

 航空機も同様であるはずだ。
ところがフランスでの事故(事件)では、安全性が仇となり多くの命が犠牲になった。
今後、航空機事故の多くは人間そのものが原因になることが多いと思う。
人間の心を制御するのはどんなにコンピュータ技術が進歩しても難しいものだ。

 良い出来事と悪い出来事、良い出会いと悪い出会い、成功と失敗、勝利と敗退、喜びと悲しみ、
全ては私たち個人の意思によって選択した行動や発言や活動の結果と私は思っている。
自分の意思の結果だから、そのあとの責任も自分にある。
人に騙されても、それ以前に人を騙す人間に近づいた自分の意思がある。
全て責任を背負って生きていくのは苦しいが、周りの責任にして生きることは、解決の糸口がみつからない
闇の中をさまよっているようで更に苦しい。

 全ては自分の意思、そう物事を考えすすめていくとき、1つだけ壁にぶつかることがある。
それは、自分の意思でこの世に生まれてきたのだろうか?ということだ。
親子喧嘩の常套句で子供が親に「生んでくれと頼んだ覚えはない」という言葉がよくある。
これを言われると親は返す言葉がない。せいぜい「この親不孝もの!」くらいだ。
確かに、誰もが生まれることを意思を持って選択した記憶がない。
幼少期のことすら記憶がないので、誕生の記憶などあるはずもない。

 全ての物事は自分の意思の反映であり結果であると考えていたが、根本の誕生という
一大事にそれが全くあてはめられない。
そうした時に何か使命感を感じることもある。何かをするために選ばれてこの世に来た
のだろうか?と。しかし一方で、結局最後は自分の意思で死を止めることすらできない、
つまり人生とは自分の意思に関係なく始まりそして終わるという虚無感と絶望感。
後者に精神が囚われると、生命そのものが無意味とさえ思うようになってくるかもしれない。
そこで、こんなゆがんだ考え方をする人もいるかもしれない。
死は自殺という方法で自分の意思で決行できる。そして他人の命さえ奪うことができる。

 犯罪心理はわからないが、何百人もの人の命を道ずれに山へ激突させるなんて、
必ず動機がある殺人とは全く意味が異なるような気がする。
社会生活がより快適になり、安全や治安が高まるにつれて、それに取り残されていく
人間の心が豹変することは、今からの時代増えてくるのでは?と思ってしまうが、
はたしてどうなるのだろうか?

 自分の意思をしっかり持つということは、環境や人に影響されてはいけないということでも
あると思う。未だにオーム真理教の後継の改称団体は信者数を増やしているという。
多くのものが科学技術によって制御され安全性が高まり、医療技術の進歩で命の安全が
保たれる世の中は、ある意味信頼性が高い世界なのかもしれない。
信じれるものが増えれば信じる対象が少なくなり、人は信じるものを探す。
信じれるものを求める、それは生物の本能である。
しかし、人を信じるとき大きな危険をはらむことになる。
だからまず自分の意思を優先すること。意思の確認をして信じるかどうかを決めること。
その先のことは神様だってわかりはしない。

続ける関係、切る関係 - 2015.04.11 Sat

 最近またまた忙しい。
特に仕事の内容が多岐にわたってあるため気分的にも落ち着かない。
経営者は経営そのもののこと、つまり資金繰りについても常に神経をとがらせて
おかなくてはいけないから精神的にも結構しんどいものだ。
 当然銀行との付き合いがとても大切になる。
しかし、未だに勘違いをしている銀行員も多いから困る。
TVドラマなどで出てくる金融機関は、企業に対して絶対的権力・圧力・支配力を
持っているかのように描かれていることが多い。
銀行が融資をストップすれば、経営が行き詰ることはあたりまえ。
確かに銀行あっての企業であることは間違いない。
しかし同時に、顧客あっての銀行であることも間違いない。

 借り手(企業側)は大切な顧客であって、更に顧客はどこで借りるか?という選択の
自由もある。そうした場面においては上下関係でいえば上になる。
ただ、借りたくても貸してもらえない場合、企業にとっては死活問題で、金融機関に土下座
してでも融資をしていただけるようにお願いしなくてはならない。その場合上下関係では
下どころか奴隷に近いような場合もある。
融資を理由にいろいろな条件をつけたり、経営そのものに口出しをしたりするのだ。
これがよくテレビなどで見られる場面だ。
 しかし、現実ではそんなことは殆どない。
人間としての付き合いや信頼が優先される。リスクがあっても信頼があれば多少の無理は
聞いてくれるし、だからといって上から目線で対応することもない。

 ずっとそうだった。しかし・・・
昨年、ちょっとテレビドラマの見過ぎじゃないのか?と言いたくなるような銀行員が当社取引
金融機関に赴任して当社の担当になった。
話をしてもいつもかみ合わず、融資を申し込めば断ってきて、それなのに会社の経営方法に
口出しをしてくる。顧問税理士だってそこまでは言わないだろう、ということを平気で言う。
長年付き合ってきた金融機関であり、苦しい時には助けられたこともあり、その恩も忘れて
はいない。だからこれからも長く付き合っていかなくてはとの思いがあった。
しかし、こちらは顧客側であることは間違いない。顧客には選択の自由がある。
無愛想な店員の居る飲食店に行ってマズイ飯を食べる理由はない。
そう気持ちを切り替えて、その金融機関と縁を切る準備に取り掛かった。
長年の間に、沢山の種類の取引関係があるため簡単ではないが、
しかし逆に、それを切って別なところに目を向けると、沢山のメリットをみつけることができた。
結果的に当社にはメリットが生まれ、その金融機関にはデメリットが生まれることになる。
その担当者は、しばらくの間身から出た錆を見ることになるだろう。
そうした現実に向き合い、企業との付き合い方を考え直してもらいたいものだ。

 きめられた枠の中、きめられた関係を続け、あたりまえの感覚に支配されている。
たまにはリセットするのもいいものだ。新しい枠と関係を作れば、新しい感覚が生まれる。
続ける関係と切る関係。この判断と決断が大切だとつくづく思う。

いい加減な情報からいい加減な未来が見える - 2015.04.03 Fri

 最近、少年犯罪の問題が大きくとりあげられことが多い。
そこで少年法そのものを改正してはどうか?という議論が起きる。
先日もTVで反対派と賛成派に分かれて議論されていた。
反対派の一人がグラフを見せながら言う。
「少年犯罪は戦後激減しているので少年法の改正の必要はない」と。
確かに少年犯罪の件数は半数近くまで減っている。
減っているなら二十歳未満を少年とする現行法のままでもよさそうと考える。
 しかし、これはとてもトリッキーな理論でもある。
すかさず、そのデータがおかしいと気付いたコメンテータが釘を刺す。
「少年の人口は戦後半数以下になっている。つまり少年の犯罪率は上がっている」と。
実は、この判断が正しい。
18歳以上に選挙権を与えるなら、18歳以上を大人として社会人として認めるわけだから
少年法の見直しは当然とも思えるのだが・・・

 つい先日もこんな報道がされていた。
子供の貧困率は現在16%で6人に一人の割合だ。1990年代からずっと増加している。
 確かに、1990年ころは12%程度なので比率は増えている。
しかしこれは先ほどの少年犯罪とは逆で比率だけをデータと示しているから
貧困数を比較すると逆に減っているということになる。
確かにこの問題は数ではなく比率が優先されるべきである。
先進国において日本の子供の貧困率は最悪の比率と言われる。
特に一人親家庭では貧困率が50%を超えることが大きな要因だそうだ。
子育て支援や教育費にもっと大きな予算を割り当てなければ、貧困率の増大は
さらなる少子化を加速化させるだけだろう。

 以前にも書いたような記憶があるが、国の補助金制度には不思議なものがある。
健康増進のための補助金制度である。確かにあっていい補助金だと思うが、
その理由が気に入らない。
特に高齢者などが元気になれば社会保障費が下がるため税金を使っても無駄にならないという。
そんなバカげた話はない。
人間の死亡率は100%だ。
平均寿命が延びれば延びるほどなんらかの社会的サービスを受ける機会も増え
社会保障費は間違いなく増えるのだ。

 癌の死亡率が年々上がっていることが問題視されることも多いが、これは正に医療の進歩を
証明するものだ。人間の死亡率100%を、原因別に分類していくと必然的に癌の死亡率が
上がっていく。他の疾病については医療の進歩によってどんどんと比率を下げている結果だ。
もし癌が完全に克服できる日が来たとしたら・・・
平均寿命は100歳を超えるかもしれない・・・もしもそうなると、
今の予測以上に超高齢化社会になり、貧困率は増大し、貧富の差は更に広がり
それによって犯罪は増え、自殺者も増える・・・
あまりいい世界は想像できない。

 私たちは数字が絶対的なものであることを知っている。
だからこそ、数字を使って人を操ろうともする。
しかし、都合の良い数字だけに着目すると大きな落とし穴に落ちる。
そして騙される。
一方的な見方をする人が不毛な議論を繰り広げるが、
冷静に事実を判断するには、多角的に対象を調べなくてはいけない。
真実はいくつもある。
近年、少年犯罪件数は減っている。そして少年犯罪比率は増えている。
この二つはいずれも真実だ。
子供の貧困率が増加傾向にあるということも真実であることから、
貧困と犯罪にはなんらかの関連性もありそうだ。
国を守るためにと集団的自衛権の解釈を広げ、防衛費を上げていく前に、
子供を守るために、法律と予算の見直しをしてほしいものだ。

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tsutsui-s

Author:tsutsui-s
広島県在住。
複数の会社と店舗施設を経営。自分に出来ないことはない、という自信過剰ぎみの精神力を糧に、新しいものに挑戦し続ける中年です。

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