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2013-10

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新しい仲間 - 2013.10.31 Thu

 考えてみれば久々のバイクネタのブログです。
夏に初サーキットに行って以来、2度サーキット走行をしました。
しかし、夏以降バイクに乗ったのは3回のサーキット走行のみ・・
そういうこともあって、回を重ねても全くタイムは変わらず亀走行の日々(汗
2回目、3回目とも午前雨に降られたこともありタイムアタックがあまりできなかった、
ということも理由&言い訳としてはあります。
また、いろいろ思うところもあって「安全運転第一」(笑)というスローガンを掲げて
挑みましたので無理せずにマイペース気分で走りました。
そういう意味においては、楽に走れて多少なりともタイムアップできたのでよかったと
満足しています。ライディングポジションもだいぶ板についてきたと自負しています。
こうやって走るんだ、っていうのが感覚的にわかってきた気がします。

 亀走行の私にとって、相棒のモンスター君はちょうどいいコンビでした。
アクセル全開にできる気持ちよさ!公道じゃあまりできません。
排気量、パワーともちょうどいいはずなのに・・・
ストレートでガンガン抜かれていくのはやはり悔しい。
こっちはフルアクセル、抜いていく国産水冷4気筒のリッターSS君たちはハーフアクセル
でもたやすく私を置き去りにしていく。
しかし、ストレートはタイム全体でいえばそれほど大きな要素ではない。
サーキットの殆どはコーナー。コーナーをいかに早く走れるかが勝負。
しかし、そのコーナーでも前回モンスター君はスタンドを擦ってヒヤリとさせられた。

 そんなこんなで、相棒のモンスター君はあまりサーキットは得意じゃないことが判明。
まぁ、それは最初からわかってはいたことだけれども、限界を感じるまではモンスター
に乗り続けようと決めていた。

 そう決めていたのだけれども、・・ショップで見てしまった848evo corse se・・・
これなら今までの不満も払拭されそう・・もっと早く走れそう・・と勝手な妄想が広がり
衝動買いに近い感じで買ってしまった。

 来年には後継モデルの899パニガーレが発売されるので、いきなり旧車になってしまう。
しかしバイクは車と違って、絶対的に新型が良いとは言い切れず、好みによるところが
大きいので、旧車だからというだけで価値が落ちるわけではない。
パニガーレは少し車体が小さく見えること、モノコックフレームになったこと、
また新型899パニガーレは両持ちスィングアームであること、などなどからいまいちそそられない。
DUCATIのSBKシリーズ最後のラインナップになるであろうこの848evo corse seがなんだか
とても眩しく見えてしまった。

 848evo.jpg

 いつものように、色々とカスタムや注文をつけたので現車があるにも関わらず納車まで
3週間以上かかってしまった。
そして納車後もいろいろ自分でデコってしまいかなりケバイバイクになってしまった(汗

 しかし、イタリアのモータースポーツってすごい!といつも思う。
どの角度から見ても美しい!スキがないとでも言ったらいいか・・
フェラーリもどの角度から見ても美しいのと同じ感覚。
そうした3次元デザインがちゃんと計算されているんでしょうね。
私もデザインに携わっているけれど、平面図上では良いと思っていても、実際に出来上がると、
ある角度からはとても野暮ったいことってある。
なかなか全ての角度から美しいデザインというのは難しいものだということは、よくわかるだけに
イタリアンデザインってやっぱりすごい!と思ってしまう。

 次回はこの新しい相棒でサーキットを・・と言いたいところだけれども、大きな問題が・・
慣らし運転1000kmまでは5000回転、2500kmまでは7000回転という壁をクリアしなくてはいけない。
この壁は私にとってはとても高い壁!
年間1000kmバイクに乗るかどうかという状況の中で、バイクは3台もある!
1台平均300km/年とすると、1000km慣らし運転が終わるのは3年後!?
2500kmの慣らし運転は取りあえず無視して(笑)とにかく1000km慣らしを一刻も早く終わらさなくては
相棒848のサーキットデビューはできない。
そして、これから寒い冬・・・バイクに乗るなんて考えられない季節。
なんか無計画な日々だ。
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「忙しい」ということ - 2013.10.26 Sat

 しばらくブログもお休み状態になってしまいました。
何か出来なかった場合の理由でもっとも多いのは「忙しいから」ということ。
そして誰もが「忙しい」という理由に対して寛容的である。
大抵のことは「忙しくて・・・ごめんごめん」って言っておけば許されるものだ。

 ブログやツイッターを放置しても誰に謝る必要もない。
しかし、自分自身に対して言い訳を考える。
そして「忙しいから」ということになる。
「忙しい」と一言でいっても、その内容は様々。
本当に寝る間もないほど忙しいことは少ないし、あっても数日のこと。
それよりも精神的に「忙しい」ことが問題ではないだろうか?
いろいろと抱える不安や問題が多い時には、「書くこと」は後回しになってしまう。
と、いうか「言葉」そのものが頭のなかに出てこない。
「忙しい」という漢字が示す通り、心を亡くしているから言葉が出てこない。
そんな日常が続くと、何か抜け殻のような自分を感じてしまう。

 先日、知人が来訪した。
40代半ば金融機関に勤め、その会社で最も若くして支店長に就任した出世頭だ。
しかし、彼はその会社を辞めるという。
「今からどうするつもり?」と聞いても明確な答えは返ってこない。
約束された未来を捨てて、不確実で困難な世界へと身を投じる。
退職を誰もが反対するそうだが、私だけは賛成をしてきた。
だから私には話しやすいのか、いつも長時間喋って帰る。
一見いい加減にも見えるタイプの人間だが、実は誰よりも真面目で勤勉だった。
毎日、誰よりも早く早朝出勤して仕事の準備に取り掛かる。
日中顧客回りをして、夜は接待や部下の話しを聞くため夜の街に出る。
しかし、結局その忙しさの先に見えるものが霞んでしまったのだろう。
欲しかったのは肩書きでも約束された未来でもなかったのだろう。
生き生きとした時間、夢に近づく実感、成し遂げた達成感、それらを
自らの力で得たかったのだろう、と思う。
だから私は賛成をする。
誰もが何かを妥協しつつ、不満を抱えつつ仕事をしているのだろう。
しかし、それで愚痴を言ってはならないと私は思う。
そこに在籍していることが自分の選択であるならば、それは改善するか、
自ら去るか二つに一つだからだ。
彼は去ることを決めた、だから賛成をした。

 忙しいから見えなくなってしまうこと、失ってしまうことは沢山ある。
同時に忙しいからこそ見えてくること、新しい選択も生まれる。
なんとなく今が過ぎればいい・・それが最も無意味で無駄な思考だと思う。

道に迷ったらポラリスを探せ - 2013.10.04 Fri

 人生は選択と決断の連続だと常々思っています。
それは当然のことなのですが、不合理な人間はこの二つをせず成り行きにまかせて
迷走することがしばしばあります。

 毎日、必ず何かを選択し決断をしています。 
買い物をするとき、どちらの洋服がいいか?迷うことはありますが、値札を見て、
デザインを考えて、素材を考えて、試着してみて、どちらを買うかを決断します。
外食をするとき、メニューを見て、食べたいものを想像し、値段を見て、量を考えて、注文をします。
たいていは、不必要な数の洋服を買うこともなく、食べられない量の食事を注文することはありません。
 
 こうした小さな出来事は、私たち人間は合理的に選択と決断をします。
しかし、大きな出来事に対しては、なかなかそうはいきません。
付き合っている人と結婚しようか?と考えるとき、マイホームを購入しようか?と
考えるとき、転職しようか?と考えるとき、独立起業しようか?と考えるとき、
大きなトラブルに巻き込まれたとき、大きなチャンスがやってきたとき、
大きな夢に向かって進もうとするとき、大切な人間関係が破綻しそうなとき、
重要で難しい問題を相談されたとき、大病を患っていることを知ったとき、
その他いろいろ・・・人生を変えてしまうかもしれない場面に直面すると、
私たちは直ぐに選択と決断ができなくなってしまう。
そして先延ばししたり、タイミングを外して無意味なものにしたり、あるいは放置したり、
重要な場面でなかなか最善の選択と決断ができない。

 人生を変えてしまうような出来事については致し方ないと思うことはある。
しかし、日常を考えてみると、前述した洋服や食事のメニューの選択のレベルの
ちょっと上の出来事でも、迷ってしまうことは多い。
いや、むしろ迷いの連続のような気がする。元来、人間は迷いやすい生き物なのだろうと思う。

 そうした時に思い出す言葉がある。
「道に迷ったらポラリスを探してごらん」
日本において韓流ドラマのさきがけともいえる「冬のソナタ」の中で主人公のチュンさんが
発した言葉だ。名言や格言なのかどうかは知らないけれども、素晴らしい言葉だと思う。
ポラリスというのは北極星のことで、不動なものの比喩です。
 少年時代、天体観測をしていたとき、真っ暗な夜空で最初に探すのは必ず北極星だった。
何故かというと、天体望遠鏡をセッティングする際に北極星が最も重要な星になるからです。
大抵の天体望遠鏡には赤道儀という架台がついていて、まずその赤道儀でもって望遠鏡の
回転軸を北極星に向けて合わせます。不動の北極星に回転軸を合わせることで、あとは目的の
天体(動いている)を観測する際に簡単に追尾が可能となるのである。
実際には北極星も完全に極にあるわけではないので多少を動いているが、概念的に不動の星で
あり、一年中、また時間に関係なく北の空で輝いている星です。

 さて本題に戻り、では「ポラリスを探してごらん」という問いかけはどう解釈するのか?
ようするに「不動なものを探してごらん」ということであり、それは自分だとうったえている
のだろうし、あなたの心の中にあるものだと示唆しているのだろう。

 赤面したくなるようなラブロマンスのくさいセリフを引用するのは納得いかない部分もあるが、
私はこのセリフがとても気にいっています。
全ての場面で通用する名言だといっても過言じゃありません。
 私たちが迷うのは、その先にあるものが見えないからです。
将来の幸福や成功が約束されたものならば、誰もが迷うことなく目の前の人と結婚し、
やりたい仕事で独立起業することでしょう。
未来は見えない、わからない、これはすべての人間の平等な条件。
では、人生においてポラリスはどこにあるのか?結局、ないのか?

 私たち人間はここで大きな過ちを犯していることに気が付かない。
ポラリスは目的でも目標でも何でもないということ、未来を約束するものではないということ。
大切なのは「不動なもの」ということ。
つまり、過去からずっとそこにあり続けたものであるということ。
過去からずっとあったものならば、未来もあり続けるだろうと予測がたつ。
ポラリスでさえ未来永劫あり続ける約束はないが、あるだろうと予測はできる。
だから未来の指針になるのです。

 未来を見続けるから人は道に迷う。
未来ではなく、過去からずっとあり続けたもの、そして今現在あるもの、それを見つければ
迷うことはない。私にとってのポラリス、それはいくつかある。
たいていの場合、迷ったときにそれを考えれば、選択と決断は自ずとできてくる。

 茫然と夜空を見上げても、無数の星に何かをみつけることや、想像や創造することはできない。
しかし、北極星(ポラリス)さえ見つければ、その季節に見える星座の位置もわかってくる。
無尽蔵に広がっているように見えた星も、形を描きだし想像が膨らむ。
その星座は半年後には見えないが、北極星は半年後もそこにあり続ける。
ポラリス・・・全ての答え!、本当に素晴らしいじゃないか! 

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tsutsui-s

Author:tsutsui-s
広島県在住。
複数の会社と店舗施設を経営。自分に出来ないことはない、という自信過剰ぎみの精神力を糧に、新しいものに挑戦し続ける中年です。

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