topimage

2012-08

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セミナー in 東京 (3 - 2012.08.23 Thu

 会場入り口前のホールには多くの人だかりができていた。よく見るといくつかの入り口にそれぞれ並んで
いるようである。リストバンドに色分けがあるように実は受講生にランク分けがある。
プラチナ席・S席・・といったコンサートなどの分類のようなものだ。
それぞれのランク別に列ができているのだが、席は指定ではなく入場者順となるため、少しでも前に座る
ためには列にならばなくてはならない。だからまだ30分以上も時間があるのに多くの人が並んでいるのです。

 とりあえず私は通路奥に設けられた喫煙所に座って休みタバコを吸う。この時点で私は他の受講生よりも
意識レベルが低いのかも?と自問した。10名ほどの人がそこに居て、私の周りの人数名が私に話しかけて
きた。簡単に自己紹介したり名刺交換をしたり、出身地を聞いたりした。
ここに集まる人達は、ここが東京とは感じさせないエネルギーを発しているようにも思った。
「みんな同じ志を持つ友達」そんな意識だろうか?誰もが気安く話しかけてくる。だから私自身も見知らぬ
人にも気安く声が掛けられる。

 「只今より入場していただきます」スタッフの声に私も列の最後尾に並んだ。
会場内は人で溢れ、研修会場というよりもコンサートホールに近いものがあった。椅子と椅子の間は殆んど
スペースがなく、隣の人と肩が触れ合う狭さだ。前後席とも近くとても窮屈で圧迫感がある。
荷物は椅子の下においてくださいとの案内、飛行機のエコノミークラスよりも遥かに狭い環境だ。
更に身体の大きな私が着いた席の隣の人は私よりも遥かに大きい巨漢の男性だった。
彼の身体は明らかに椅子をはみ出し、椅子に腰かけたおしりそのものが完全に私の領域に侵入しており、
私の椅子に少しかかっていた。私は椅子を彼とは反対側にずらそうとしたが、反対側との隙間も1~2センチ
しかなく、殆んど動かせない。大きな身体をすぼませて私はそこに座るしかなかった。
こんなんじゃとても一日は持たない・・・腰痛持ちの私は小さく縮めた身体のままでは身体が固まりきっと
腰痛が悪化するだろうな・・・と不安になった。

 これから3日間、逃亡せずにここに居続けられるだろうか?というレベルの低い不安に襲われた。
誰に強制されているわけでもない、自らの選択で参加しているから、途中で辞退することも自分の選択だ。
しかし、続けられるか?という不安はあったが、やめるか?という選択はなかった。
自分で決め、時間をつくり、昨日も一日という時間を消費して今ここにいる。それらを全て無駄にできない。

 簡単な案内と説明があったあと、ステージにJスキナーが登場した。会場全体に割れんばかりの拍手が
鳴り響く。彼はいつも笑顔だ。それは作り笑顔ではなく、自分自身が心から楽しんでいるように思える。
アメリカ人でありにがら日本人以上に日本人的な精神を持ち、流ちょうな日本語を喋る。
日本人に愛される欧米人として彼の右に出る人は居ないのではないか?と思わせるほど熱狂的ファンが
多いのが彼の特徴ではないだろうか?

 巧みな言葉、身振り手振り、表情でもってJスキナーの言葉がマイクを通して会場全体に広がる。
誰もが、一語一句聞き逃すまいと必死に聞いている。850人もの人が居れば、話し声など多少するもの
だが、会場内にJスキナー以外の話声や雑音は全くない。

 セミナーの内容については、この業界の常識として詳細を公にしないというのがルールだ。あえてそうした
注意はされていないが、私自身もその暗黙の約束に従うこととしてここには書かないこととする。

 2名組みや数名でのロールプレイやグループワークが度々あり、席を立つことが頻繁にあった。
これは狭い椅子から解放されることであり、私にとってはありがたいことだった。

 午前の3時間はあっという間に終了した。しかし考えてみれば一度も休憩がなかった。トイレは我慢でき
たから良かったが、午後の長丁場ではトイレ休憩なしはきついなぁ~と感じた。
昼食会場は朝食と同じ会場である。また入場順に席に案内される。
先に席についていた人達は、まだ食事を始めていない。それどころか誰もが、ご飯を注いだり、スープを
入れたり、サラダを取り分けたりしている。多分家ではしないだろうと思われることを誰もが率先して
行っているのである。そして全員の食事の準備ができたところで、全員が食べ始めるのだ。
初めて顔を合わせる人たちが、互いに協力しあい、語り合う、この光景は今朝は一種異様に思えたが、
2回目になると違和感なく私もそこに溶け込めた。昼食メニューはもちろん菜食だが、朝と違って、
そこそこ食べることができた。ただ、普段食べているものと違うため満足感は少なかった。

 午後のセミナーが始まると、Jスキナーから「言い忘れてました、私のセミナーでは休憩時間がありません
トイレへ行きたい方はいつでも自由に行ってください」と説明があった。
なるほど、だから午前中休憩がなかったのか・・・しかし、午後も夕食まで休憩がないということ?
トイレだけではなく、一休みする時間は欲しいなぁ~。そんなことを考えつつ午後のセミナーを受けた。

 夕方7時頃、一段落したところで夕食の案内があった。今日一日もやっと終わった・・・と思ったら、
「夕食終了後、8時にまたこの会場に集まってください。8時から夜間の部を行います」という。
事前に夜間までセミナーが延びることもある、との情報があったのだが、やはりあるのね・・・
意識は全く「受講生」だ。自ら進んで受けているのだ、ありがたく思おう・・・そう思って夜を迎える。

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セミナー in 東京 (2 - 2012.08.20 Mon

 枕が変わると眠れない、とよく言いますが私も元々そうした神経質なタイプでした。
昔、出張が多かった時期にそれも随分と克服しましたが、今もその傾向は残っています。
更にこの時期、暑いためもあって必ず深夜に目を覚まします。喉が渇き水を飲むのですが、暫くはボーっと
したまま椅子に座っていることもあります。

 常用薬のハルシオン(睡眠薬)を飲んで寝る準備をするが、最近薬の効きも悪く直ぐに眠気が来ないことも
多い。とりあえずテレビを消して、窓際のソファーで静かに本を読むことにした。
本を読んでいると大抵眠たくなるのだが、逆に引き込まれてしまい神経が冴えてきてしまった。
今回、先日購入した電子ブックに初めて1冊の本をダウンロードして持ってきた。
持ってきたのは、本年度直木賞受賞の「鍵のない夢をみる」辻村深月 著の短編小説だ。
5話なので、1話を読むのは直ぐなのだろうけれど、本を読むスピードがとても遅い私にとって1話でも
相当の時間を要してしまう。飛行機内で1話の半分程度読んでいたので、その続きを読み2話目へと進んだ。

普通のありふれた日常でも起こりうる犯罪を、それに至る経緯や動機を描いている。
5話とも特に大きなストーリーもなく最終的にオチもない。読んでいて何かすっきりしないものを残してしまう。
それでも、読み終えないと気が済まない衝動に駆られて結局2話まで読んだ。
□ 1話目 仁志野町の泥棒
読み終えて、犯罪を許す、という行為にどれだけの意味があるのだろうか?と疑問を残す。
□ 2話目 石蕗南地区の放火
読んでいる間じゅう、放火という選択をするだけの心理があるだろうか?と疑問を残す。
更に読んでいて不快だったのは、5話中3話は男女の恋愛感情のもつれから起きる犯罪なのだが、どの男も
どうしようもないダメ男ばかりである。EV男にストーカー男、無責任男やだらしない男の描写ばかりだ。
しかも恋愛の内容が実に稀薄だ。活字の中から「愛」なんてものは何処にも見出せない。

 小説は殆んど読まない私にとって、この本がどうなのかは全く分からないが、「直木賞」ってこの程度?
というのが率直な感想だった。ただ、心理描写は上手いのかなぁ~と思ったり、途中でやめられらなかった
ことを考えると、それなりに何か引き込む魅力ある本なのかもしれない。

 そんなわけで、結局寝る時間もいつも通りになってしまった。明日は7時半から受付。朝食が7時からと
なっているため、6時半に目覚ましをかけてベッドに入った。念のため、普段は飲まない缶ビールも1本飲んだ。
おかげでなんとか、寝つきは良かった。が・・・しかし、深夜目が覚めた。いつもは暑くて目が覚めるのだが、
寒くて目が覚めた。窓が開かないホテルではエアコンをつけて寝るしかないが、この設定が難しい。
風量と簡単な機械式の温度設定はあるが、どの設定が最適なのかは分からない。
目が覚めてベッドから出て、エアコンの設定を変えて、ライティングデスクに座った。
ボーっとしたまま、お茶を飲み、タバコを1本吸った。何故かとても不味い・・
暫くもうろうとしたまま座っていたが、またベッドに戻り眠りについた。

 6時半、目覚ましの音で目が覚める。十分睡眠が取れなかったため、まだ頭は眠ったままだ。
顔を洗い髪のセットをして、荷物をまとめ部屋を出た。会場は隣の建物になるが、建物が大きいだけに、
そこそこ歩かなくてはならない。セミナー受講生と思われる多くの人が同じ方向を歩いていた。
受付をすると、腕に管理用のリストバンドがつけられた。このリストバンド取り外し式ではなくて、腕に巻き
つけると特殊な粘着テープで接合されてしまう布のようなビニールのような上部な素材のものだった。
3日間、風呂に入る時も、寝る時もつけたままだという。なんだか、管理されたロボットのような気分で
あまりいい気はしなかったが、やむを得ない。

 まずは朝食をとるため、朝食会場へと入った。8人掛けの丸いパーティー用のテーブルが何十台も設置された
大広間だった。それでも850人が入れるだけの広さはなく、リストバンドの色によって食事会場も分けられて
いた。テーブルは選ぶことができず、案内係が案内したテーブルに基本的に座ることとなる。
テーブルには、プレートにフルーツが山盛りに盛られ、水のみコップがあるだけだった。
テーブルにつくと直ぐに同席の人達が「おはようございます」と声をかけてきた。私が席についた時には、
既に5~6名が席についており、みな知人なのか?というくらい打ち解けて話をしていた。
しかし、実際には今日は初顔合わせの人ばかりだった。ただ、セミナーに関しては3回目とか5回目とか
言う人ばかりで、ある意味常連さんたとのようだった。
 
 初参加の私にとって、最初の試練がこの朝食だった。私は朝食は絶対取らなくてはならないタイプなので、
食べることには何も問題ない。しかし、条件がある。パンかご飯、それとアフターコーヒーこれは欠かせない。
しかし目の前にあるのは苦手なフルーツのみだ。それも大量のフルーツ!キョロキョロ辺りを見回すが、
何処にもコーヒーはないようだ。隣の人に、朝食はこれだけですか?と尋ねた。「これだけ」というのは、
たったこれだけ?という意味とこんなにたくさんという両方の意味だ。
隣の人は「あぁ、初参加の方ですか?朝食はいつもフルーツのみですよ。コーヒーはカフェインがあるから
ダメなんですよ。」とアッサリ言われる。事前に食事は菜食とは聞いていたが、ご飯とみそ汁、もしくは
パンとサラダ、そしてコーヒーは絶対あるものと信じて疑わなかった。
テーブルの誰もが、この大量のフルーツを残すことなく平らげていた。私は数切れ食べて「はぁ~」と
ため息をついた。隣の人が「どうしたのですか?」と尋ねるので「フルーツは苦手なんです」とは答えた
ものの、そんな我まま言ってて、今から3日間乗り越えられないと思い、無理して食べたが、2本のバナナ
のうち1本はどうしても食べられずに残してしまった。

 まだ時間もあるし、こっそりホテル棟に戻ってラウンジでコーヒーを飲もうか?とも考えたのだが、
腕に巻かれた赤いリストバンドが、私の誘惑を無言の圧力で制止した。
このリストバンドがついている限り、何処にいても受講者だとわかってしまう。
わかってもいいんだけれども、受講生らしくするようにと私自身に訴えてくるのだ。

 

【苦闘の1カ月】 (11)  「結」 退院  - 2012.08.20 Mon

 昨日、日曜日私は朝起きて仕事に行こうかどうか迷っていた。
やらなくてはならない仕事が山積していることもわかっていて、日曜日は外来者や電話も少ないことから、
デスクワークが最もはかどることから、大抵土・日は事務所での仕事の予定にしていた。
しかし、あっさりと「今日は休もう」と決めた。かといって何も予定はないが、一日家に居ようと決めた。
一日中下着姿のまま、昼寝をしたり、家内とテレビを見たり、本を読んだり、家内と話をしたりして
過ごした。これが割りきって出来たのは、ある意味今回東京で受けたセミナーの成果でもある。
「重要事項を優先する」、この本当の意味は何なのか?自分の未来に対して大切なのは何なのか?
やらなくてはならないことが山積しているが、それらの全てが本当に重要なのか?
そう考えると雑用が随分とあり、省けるものも、人に任せられることも随分とあることに気がつく。

 夫婦水入らずで一日家でゴロゴロと過ごす。これぞ無駄なことの極みのようではあるが、
「時間を共有する」という意味において、場合によっては重要事項ともいえるのだ。

 ごくわずかなこのブログの読者の一人である家内が、一昨日書いた「セミナー in 東京(1)」を読んで
これもまた連載するのか?と思ったのであろう、昨日私にこんな質問をした。
「ところで、【苦闘の1カ月】はもうあれで完結したん?」と唐突に言われ、いったい何のことを言って
いるのだろうか?と一瞬とまどった。「(シャンプー)で終わったん」と言われ、はぁはぁブログのことか、
と気づき、「う~ん、まぁ一様、快復したところまで書いたけぇ~いいかなと思って・・・」というと、
「でも、To Be Continued で終わっとるよ」と!「えっ!それはヤバイ!」とだけ答え、続きを書く
ことは確約しなかった。

 小説には起承転結があるものだが、小説でもなんでもないブログにおいては、そんなこと何も意識は
していなかった。ただ、To Be Continued はまずい(笑
と、いうわけで、起承転結の「結」として以下に記すこととしました。


*****************************************************************************

 3月2日の私のスマートフォンの画像には、家内が歩行補助具で病院の廊下を歩く姿が記録されていた。
やっと人の手を借りずに自らの力で歩くことができるようになった。
と、いっても自分の2本足では立つことも不可能だが・・。私たちの筋力というのは、日常生活を送って
いることで知らぬ間に鍛えられ、いつでも歩いたり走ったりできるように保たれていることを実感した。
僅か、1週間寝込んだだけで、筋力は衰え立つことすら出来ないのだ。
そのため、この日よりリハビリを兼ねて、補助具を使って歩く練習を始めることとなる。

 そして、この日から病院食も取るようになり、体力は日に日に快復していった。
薬や点滴の内容も減ったことから、日ごとの詳細のメモもこの日以降書き記していない。
私のシステム手帳には病院へ行った時間と帰った時間のみが記されている。
それでも欠かすことなく毎日病院通いが続いているが、途中仕事も入れるようになっていった。
精神的にも随分と楽になり、症状として残っている視神経の運動機能回復を願うだけとなった。

 入院患者にとっては、ある程度の苦痛から解放されると暇を持て余し、それが苦痛にもなってくる。
そうした時、雑誌や本などを読んで過ごすのだろうが、家内の場合視神経の機能障害があるため、
文字を読むことは困難なのである。テレビなどの映像は何となく見ながら音声で全体を理解できるため、
テレビを見ることが多かったが、時間帯によってはつまらない番組も多い。
そこで、DVDプレーヤーを用意して、レンタルビデオを借りてくることとした。
アメリカのテレビドラマシリーズなら数十話あるので暇を持て余すことはない、と思ったからだ。

 しかし、映像も見すぎるとやはり目が疲れるらしく、快復の妨げになるようで、時間を制限しつつ
見るように心がけた。私が居る間は、車いすで病院の屋上の庭園に連れて行ったり、1階のカフェへ
連れていったり、売店へ行ったりと、限られた場所ではあるが出来るだけ気晴らしになるように務めた。

 歩行も自分で出来るようになると外出許可を申し出たが、これはきっぱりと断られた。
歩行が出来るといっても、ちょっとした距離でも手摺を持ってのつたい歩きなので当然といえば当然。
まして、治療途中にある身で病院が外出許可など出すわけがない。

 ところが、私が昼間仕事で抜けて病院へ戻った時などに、買った覚えのないものがあったりする。
「誰かお見舞いに来た?」と聞くと首を横に振る。「これは何?」と聞くと、自分で買ったという。
「これ、売店には売ってないよね?」と聞くと、Sデパートへ行ったという!
驚いて「外出許可出てないじゃろ!」というと、出てない、バレないから大丈夫、と平然という。
更に「行きは良かったけれど、帰りはしんどくて帰れんかと思った」という。
絶対に外出してはダメだ、と言ったが、その後も元気になるごとにこの非行は続いた。
ある時は、私が病室に入った時姿が見えないので看護師に「家内は検査か何かですかね?」と尋ねたら、
「いえ、検査も何もありません、奥さん・・・最近、時々居なくなるんですよ・・」と言った。
どうやら家内の逃亡は病院も把握しているようだったが、1時間もすれば戻ってくるので、
それほどお咎めはなかったようだ。

 話は前後するが、リハビリに入ってから私が勝手に決めていた「面会謝絶」を解除した。
両親や妹、会社の従業員や関係者など沢山の方がお見舞いに来てくれた。
それと、部屋は足の踏み場もないくらい大量の生花で溢れた。
家内が花が好きだから、という理由もあるが、もうひとつ大きな理由がある。
それは家内の「見栄」だ。どの病室よりも花でいっぱいにして、お見舞いの人や先生や看護師さんから
「すごい!」と言われたいのだ。(家内からすれば、大いに反論はあるかもしれないが)
そのため、わざわざ自分で会社からの花輪の段取りを娘に頼むのである。
幸い当社は関連会社が多いから、その数は半端じゃない。
花畑のような病室は、誰もが感激する別世界になるのだ。

 そんなこんなで、苦しい入院生活も元気になっていくと楽しみを考える場所になっていった。
人と話し、ドラマを見て、友人とコーヒータイムをとり、デパートへ買い物へ行く。
頑張ったご褒美としてそれもいいだろうと、私は思っている。
出来る限りのことをしても、病室のベッドが自分の寝床であることは変わらない。
本当に喜べる日は、この部屋の荷物を持って出て我が家に帰る時だ。

 3月16日、それが叶った。
荷物を車に積み込み、お世話になった先生、看護師さんに挨拶をして病院を出た。
私たちは幸せだと思った。なかなか退院できない多くの人、あるいは退院そのものできない人達が
多くこの建物内にはまだ居る。
入院の時点で、誰もが退院の保障はもらえない、いや考えないだろう。
この病が治るのかどうか?悪くなっていくのかどうか?明日はどうなのか?病気そのもののことで
頭の中はいっぱいで、退院のことなんて考える余裕はない。
「退院」という期待は「改善」という経過があって初めて生まれる希望だ。
100万人に一人という稀な難病を、正確に診断し迅速で適切な対応をしてくれた先生方と看護師さんに
感謝の気持ちでいっぱいだった。

END

******************************************************************************

と、いうことで「結」とします。
闘病記というのは元来本人が書くものと思います。苦しい、痛い、といったものは本人しか理解できない
感覚で他人が表現すると、それは微妙に異なるものとなってしまいます。
だから、あえて「闘病記」というタイトルは避けました。
内容も殆んどが、「私」の視点に立った見方、感じ方で書いてきました。
よって「とてもよくできた夫」となっています(笑

退院後、「もし僕が入院したら、同じように介護する?」と質問したところ、以下のような返事だった。
「あなたは大きいし、私は小さく力がなしい、私よりプロの介護師さんを雇った方がいいかもね」

???

セミナー in 東京 (その1) - 2012.08.18 Sat

 幕張で開催された、7つの習慣のセミナー受講を終えて、昨日東京から帰ってきました。
東京ベイホテル別棟の大会議場での開催でした。参加者は850人。
私自身の記録と記憶のために、この5日間の出来事をいくつかに分けて書きたいと思います。
ちなみに長文なので、興味のある方のみ読んでください。

 毎回、東京へ行って思うのは、『絶対私には住めない街』ということだ。
田舎者の私には、何度行ってもなじめない。今回も初日から『東京は嫌だ!』と思ってしまった。
 
 セミナーは14日~16日の3日間だが、14日は朝7時半から受け付けのため前泊となる。
更に、最終日も午後7時終了のため、東京都内ならなんとか最終の新幹線に間に合うが、幕張であるため
帰る交通手段がないため後泊となり、結局4泊5日となった。
13日、午後13時に羽田に到着。地下鉄京浜急行に乗るため移動。
いつも思うのだが、この移動だけで30分はかかってしまい時間がもったいし歩くのに疲れる。
直接幕張に行くならモノレールで浜松まで出るのだが、まだこの時間にホテルチェックインは早いため、
娘から頼まれていた、ねんりん家のパームツリーを買うため品川へ向かった。
ねんりん家なら羽田にもあるが、このパームツリーに限っては羽田にはなく一部の店舗だけの販売だ。
そのため、ねんりん家品川店によって、その場で宅配しようと考えたのだ。
品川で降りて、さて何処にお店があるのか?田舎ものの私は、品川駅の大きさを甘くみていた。
広島なら駅ビルのアッセみたいな感覚でいたため、改札を出て駅の建物内の商業施設内を探した。
インフォメーションを見てもねんりん家の文字は何処にもない。

 暑さで疲れ、お腹もすいてきたので避難方々近くの中華料理店に入った。
冷麺のアイスコーヒーセットを注文したが、この組み合わせというのは東京ならでは?
とりあえず涼をとり、娘から渡されていたねんりん家の資料を確認した。
JR品川駅店エキュート品川サウス内となっていた。
スマフォの地図ソフトに住所を入力して検索をかけると、その+印が示していた場所は完全に駅構内だった!
私が居るのは改札の外、どんなに探してもないはずだ。田舎者はこれだから困る。
いずれにしても東京まで出なくてはならないので、切符を購入して改札を入る。
そして、構内の案内図を見るがやはりわからない。
エキュート品川・・というのはどうも今居る場所のようだが、・・・
もういちど店舗資料を確認すると、エキュート品川サウス店となっている。
この「サウス店」というのがどうやら別棟のようだ!

 歩くのも疲れて、購入は帰りにすることにして、東京行きの電車に乗った。
東京で京葉線に乗り換えるのだが、地下鉄構内をゆうに1km以上はあるのではないか?と思われるくらい遠い。
途中、コーヒーショップに立ち寄り休憩する。
止まり木のような小さな木製のハイチェアと奥行き30cmほどのカウンターテーブル。
そこに、一列に並んで座る人々の姿は、電線に一定間隔でとまっているスズメのような光景だ。

 京葉線に乗り約40分、海浜幕張に着いた。目指すは東京ベイ幕張ホテル。
案内パンフでは海浜幕張駅より徒歩10分と書いてあったので歩いて移動することにした。
50階建てのホテルはひときわ高く、すぐそこにあるかのように見える。
しかし、歩けど歩けどなかなか着かない。結局約20分かかってホテル到着。
徒歩○分という表現は、どれも曖昧である。いったい何処から何処までを指しているのか?
多分、駅の敷地からホテルの敷地の最短距離を、最短のルートで、最速の徒歩時間なんだろう。
時間は午後4時。この数時間いったい何をしていたのか?と思うくらい時間を費やしてしまった。

 早めにチェックインして客室に入った。41階の部屋から見渡す東京湾はとても小さく見えた。
かすんでいたがスカイツリーの姿も僅かに見えた。ベッドに転がり、やっと移動の苦痛から解放された
喜びに浸った。ソファーに腰掛け、持ってきていた電子ブックの本を読む。
41階からの景色を眼下に本を読む・・・なんだか理想的な状況を客観的に感じ悦に入る。
景色が茜色に変わりつつある中で、さて晩飯はどうするか?という問題に気づく。
20分もかけて駅に戻る気分にはならない、かといってこの界隈に飲食店があるようには見えない。
ホテルは満室。ホテル内のレストランは基本的に夕食要予約となっていた。
とりあえずホテル内のコンビニへ行ってみることにした。
この立地から、私と同じように食事の心配をする人のためだろう、そこには沢山の種類の弁当類があった。
いや、弁当というものではなく、にぎり寿司やどんぶり物など手作りのものが沢山あり、普通のいわゆる
揚げ物中心のコンビニ弁当などは見当たらなかった。
にぎり寿司とソーメンを買い客室に戻った。
窓の外は茜色の夕焼けから、青い夜景へと変わりつつあった。
食事をして、本を読み、テレビを少し見る。
それでも時間を持て余すが、明日からのハードな研修を考えるとこの時間はとても大切なものだった。

出張 - 2012.08.12 Sun

さて、明日から東京へ5日間の出張だ。
東京出張は大抵1泊2日だが、今回は4泊5日だ。
あるセミナー受講のための出張だが、期待と不安が入り混じる。
あまり辛抱強い性格ではないから、1日10時間以上のセミナーを3日間も
我慢できるだろうか?という不安と、何か新しい発見や新しい出会いがあるかも
しれないという期待である。

旅は身軽に、というのが私の鉄則だが、1泊2日なら手ぶらでも良いものの、
5日間となるといろいろと想定した上で持っていくものも増えていく。
忘れてはならないのは、薬とPC。
その他、手帳やカメラや予備バッテリーや電子ブックや・・・と色々と詰め込んで
いくとそれなりの量になった。
一旦、詰め込んだものを取り出して、最小限のものにして入れ替えた。
今の時代、多少のものは何処にでも手に入り困ることはない。

セミナーでは800人以上の人が集まる。
経営者や管理職の人がメインと予測されることから、名刺を多めに準備した。
更に、名刺に顔写真を入れて、今回のみ使用するための名刺を作った。
名刺はいろんな場所でよくもらい、渡す。
しかし、後で名刺を見ても誰だったか?どんな人だったか?思いだせない。
それは渡した相手も同様のことだろうと思い顔写真を入れた。
ビジネスチャンスとなる出会いがあるかどうかは分からないが、
ある程度、志の高い人たちが多いと思われる場であるから出会いは大切にしたいと思う。

一般の人にとっては、お盆というのは休みで特に今年は9連休の企業も多いだろう。
しかし、我社はサービス業であることから、お盆は特に忙しくトラブルも多い。
トラブルが起きて困るのは、お盆ゆえ業者の手配ができないということ。
そうしたことから、5日間も会社と家を空けるのは心配もあるが、
家内と従業員に全て任せて、私は仕事のことを忘れてセミナーに本気で取り組みたいと
思っている。
いつも自分が居なくてはならない、そう思うのは思いあがりの部分も多分にあり、
実は私が居なくとも、うまく機能していくのだろうと思っている。
また、そうでなくてはならないと最近思う。

さて、どんな5日間になるか分からないが、意義あるものにしたいと思う。

書くこと - 2012.08.07 Tue

ちょっと油断すると直ぐに放置状態になってしまうブログ。
だからと言って何も問題はないのだが、なんだか焦ってしまうから不思議だ。

今の時代は「書く」ではなく「打つ」であるが、方法は別として文章を書く作業は
毎日絶え間なく続いている。
このブログやツィッター、そして社内報など、緊急ではないが思いを綴るもの、
そして、メールや書類や見積り書など緊急のもの。
考えてみれば、「話す」こと以上に文章として「打つ」ことのほうが多いと思う。
一日じゅう殆んど話すことなく終わる日もある。
脳の作業としては、話すことと文章にすることとでは基本的に異なるような気がする。
話す言葉というのは、直感的に、反応的に言葉になるが、
文章の言葉というのは、一旦頭の中で想像した後に並べ替え、体裁を整えて作られる。
どちらが沢山、脳を使っているのかはわからないが、歳をとってもボケない方法としては、
話すこと、書くこといずれもとても有効的な方法ではないかと思っています。

私の場合、聞くこと、読むことは相対的に少なかった気がする。
話すことと聞くことでは、話すのは一人で聞くの複数人の場合もあることから、
当然「聞く」作業の方が多いと思われる。
書くことと読むことも、書くのは一人で読むのは複数人であることから、
やはり読む機会の方が多いと思われる。
発信する側、つまり話すこと、書くことの機会が多い人はリーダー的存在ではないか?
と思うのだが、人の心をひきつけるような会話や文章を書くには、聞くこと読むこと、
つまりインプットの量が重要だと思う。

と、いうわけで支離滅裂だが、インプットの聞くこと読むこと、これに暫く努力してみようと
最近考えています。そうすれば、アウトプットが磨かれるのではないか?ってね。
その一環として今年のお盆は東京でセミナーを受講することとなりました。
久々のセミナー、楽しみでもありちょっと憂鬱でもある。
3日間終了後、何か変化があるのかないのか?お楽しみに、といったところ。

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プロフィール

tsutsui-s

Author:tsutsui-s
広島県在住。
複数の会社と店舗施設を経営。自分に出来ないことはない、という自信過剰ぎみの精神力を糧に、新しいものに挑戦し続ける中年です。

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