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2011-06

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土日操業 - 2011.06.30 Thu

この夏、電力不足が予測され大手製造業が土日操業を開始し、変わりに木・金を休日とする
営業形態の変更をしている。ここ、広島県においてもマツダがそれを始めた。

しかし、この土日操業にはいくつかの疑問がある。
まず、中国地方においては中国電力は電力不足が今のところないという現実。
マツダが土日操業を始めたことで、下請け会社までがそれに併せて土日操業を実施した。
というかせざるを得なくなったようだ。
今日の新聞の記事によると、そのために下請けだけでなく、製造部門の中でマツダ車の部品
を一部製造している関連会社までが土日操業せざるを得なく、またそれら工場に弁当を配達
している弁当屋さんまでが土日営業をしなくてはならなくなったとか。
つまり無休になった企業が増えたということである。
そうなると、一日あたりの生産性は下がり営業時間だけ延びて無駄に電力を使う結果になる。
当然、エネルギーロスが大きくCO2だって沢山でることとなる。

お父さんだけ休日を木金にされたら家族旅行にも行けないし、友人とゴルフや釣りにも行けないだろう。
旅行、レジャー、観光、サービス業にとってはマイナスになることは間違いない。
経済効果が低下し、無駄なエネルギー消費をする結果になりかねない土日操業?
ここ、広島においては必要ないと思うが、大手企業としては企業イメージを上げたいためだろうか?

更に、中国電力は上関原発を推進する計画を発表した。
本当にやる気なのか?信じられない!そんな企業になんか協力したくない!と思いつつも、
悲しいかな、中国電力以外からは電気の供給を得られない現実がある。
そんな予算があるなら、周波数を変換、或いは統一できるシステムをつくることを考えて欲しい
ものだ。電力不足が関係ない中国地域においても、節電意識が高く電力需要は落ち込むことは必死だ。
電気は貯えられないから、発電量をセーブせざるを得ないだろう。
それなら、東日本に電力を送れるシステムを考えたほうが、中国電力も株が上がり長い目でみれば
安定的な電力供給ができるはずだ。

上関には今まで相当な金を突っ込んだから引くに引けない事情があるのだろう。
しかし、乗りかかった船を降りる勇気も必要と思うが・・・
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子供は先生 - 2011.06.28 Tue

ツィッターと少しリンクする内容になりますが、最近孫娘を見ていて色々な発見多くあります。
私には、2歳半になる女の子ともう直ぐ6ヶ月になる女の子の二人の孫がいます。

我が子が生まれた頃にも、子供の行動や言葉を見聞きして色々なものを発見しましたが、
我が子の場合子育ての忙しさなどもあり、なかなか観察もできなかったように思う。
孫娘の場合は、客観的に人間の本来の姿を垣間見ることができ、時折驚かされます。

半年になる孫娘は、目が合うたびに微笑みを返してくれます。その笑い顔はどのような思いが
脳の中で働いているのか?いろいろ憶測しても全てを知ることはできませんが、喜びの表現で
あることは間違いないと思います。
赤ちゃんは「泣くのが仕事」とよく言われますが、産声から始まり兎に角よく泣きます。
しかしこの「泣く」という行為は、大人でいうところの泣くとは異なります。大人は感情表現
の方法として悲しい時に泣きます。お腹がすいたからといって泣きません。
赤ちゃんは、言葉が喋れないことで、自分の意志を伝える方法として「泣く」ことをします。
お母さんが遠くにいても聞こえるように大きな声で泣きます。
ということで、泣くことは感情表現ではないことが明らかですが、では赤ちゃんが、言い換えれば
人間が最初に覚える感情表現ってなんだろう?と考えると、「笑う」ということに気付きます。

ある宗教でこんな教えがあったのを思い出しました。
現世は苦しみに満ちた世界、だから人は泣きながら生まれ笑いながら死ぬ、と。
あの世(天国)はいいとこ、笑いながら死ねるよう修行をしよう、といいたいのだろうが、それは
違うと思う。人が人に最初に伝えるものは「笑顔」だ。つまり人は生きる喜びを人に与え教える
ために生まれてくる。その繰り返しのために、人類を豊なものにするために、輪廻転生でもって
この世に何度も現れるのではないか?あかちゃんの笑顔をもらう大人たちは、この子たちが幸せに
生きれる世界を作りたいと願う。あかちゃんはそうしたメッセージを携えてこの世に生まれてくる。

2歳半の孫娘の方は、言葉も達者で色々と話しかけてきます。
会話の中で驚かされるのは、大人にはない感性というかものの捉え方です。
観念や概念にとらわれず、恥や外聞を気にせず、嘘偽りのない言葉には、ものを見たままに感じた
ままに表現するという素晴らしい能力があり、時折「なるほど!」とうなづいてしまいます。
年齢的に一桁、つまり小学生低学年くらいまでのお子さんやお孫さんをお持ちの方は、是非子供を
先生だと思って耳を傾けてみてください。きっと沢山の発見があると思います。

色即是空 - 2011.06.27 Mon

JIN-仁が最終回だった。テレビドラマを真剣に見たのは久しぶりだ。
私はドラマのストーリーそのものではなく、人が未来にどう思いを馳せ、そして過去から
或いは自分が生まれる前の歴史から、どんな思いを受け継いで生きていくのか?そんな
心の動きを自分に置き換えて考えながら見ていた。

私たちは自分の選択が人の人生そのものを変えたり、或いはその逆に人の選択や言動が
自分の人生を大きく変えることがあることを経験的に知っている。
そうした出来事の全てが折重なって、現世があり人生がある。

しかし、それはとても奇跡的であり不安定なエネルギーで存在しているといえる。
もし・・あのとき・・という仮説は、そうならなかったから言えることだが、その「もし」
の可能性は無限に存在し、全ての事象は1/無限の確率で成り立っている、ともいえる。
そもそも、時間というのは途切れなく続いているかに思えるが、多分それは間違った概念
であり、時間は砂時計の砂のように、小さなものの集合体である。
0ではないが、1/無限の瞬間の積み重ねであり、私たちは瞬間から瞬間へと渡り歩くが、
それが「もし」の仮説によっていくつかの世界が同時に実行される。
しかし私たちが生きる世界は一つだけだ。
殆ど変わらないが、少し違う世界が無数に作られ、過去にも作られた無数の世界は別次元で
別の時間を刻んでいる。つまり並行世界(パラレルワールド)が存在するということだ。

そう考えるのはおかしいだろうか?こうした考え方は実は、中学生の頃から持っていた。
天体観測をしていたころ、宇宙の概念を頭で理解しようと必死になった時期がある。
頭がおかしくなるのではないか?と思うくらいに考えた時期がある。
そこで出会った本が相対性理論だった。中学生の私に理解できる本ではなかったが、
理論を簡単に書いた本に出会い、それを何度も読んだ。
そして分かったことは、宇宙は無限ではなく有限であること、つまり宇宙そのものが観念であり、
とらわれた世界であること、つまり仏教で言うところの「色即是空」であるということ。
物質や事象が存在したかに思えるのは、全て時間が生み出したものであり、時間を越えた世界
には、ある意味何もないともいえる。
過去も未来も現在も、ある意味あってない世界。積み重ねの結果であり選択の結果である。

物理学的、量子力学的にもパラレルワールドがあるとする学説がある。
かいつまんで知識を得ながら、自分の中で宇宙観や人生観を概念的に形作れるようになった。
何かの答えを掴まなくては、本当に精神病にでもなるのではないか?と思うくらい考えた。
言葉で説明するのは難しいけれども、私なりにそれらの答えはある。

この世が無数のパラレルワールドの一つだとして、他の世界が虚像の世界かといえばそうではない。
その世界も、今生きている世界と同じように、色づいた世界である。
それゆえ、全ての事象、物質、時間、は色即是空なのであろうと思う。
空とするなら人生に意味がないとするのではなく、空だからこそ絶対的なものに支配されない、
想像に満ちた世界であり、今生を生きる意味、すなわち人生が存在するのだと思う。

神秘十字線 - 2011.06.23 Thu

先ほど、ドライさんのコメントで神秘十字線なる手相があることを知った。
ふと我が手相を見るとなんとその十字がある!?しかも両手に!
ネットで調べると、正に神秘十字線だ!

この手相の人は、直感力が鋭い、霊感が働く、先祖の加護がある、信仰心が強い、
などなど・・・ちょっとヤバイんですけれど・・
信仰心は強いかもしりないが、宗教心はなく何の信者でもない。
ただ、霊感が強いっていうか、霊体験多いし・・・あ~ヤバイかも。

神秘十字線

赤い糸? - 2011.06.23 Thu

(ナレーション~世にも奇妙な物語風(笑)
運命の赤い糸で結ばれていた、なんて思う人、思いたい人は世の中に沢山居ます。
ただ、それを証明できるものは、誰にもみつけられません。
しかし、今からご紹介するカップルは正に赤い糸で結ばれていたのか?という
ごく稀な確率で結ばれたことがわかりました。

この話しをするのはとても恥ずかしい話なのですが、あえてします(笑
手相の中でめずらしい「マスカケ」っていう、手の中央を一本の線で繋がった
手相があります。百つかみとも言われ、一度掴んだものは離さない、商売人が
多い、浮き沈みが激しく波乱万丈・・・などなど、良い意味悪い意味含め、
特徴のある手相のひとつです。

このマスカケの確率というのが、100人に一人といわれています。
手相は左右異なることから多くの場合、片手マスカケとなります。
これが両手マスカケの人の確立は、100×100、つまり1万人に一人という
ことらしいです。

赤い糸と手相の話が一体どう関係があるのか?なぜそれが恥ずかしい話なのか?
それについては以下を読み進んでいただければわかります。

実は私は両手マスカケなんです。つまり一万分の一の確率の人なわけです。
そして、なんと私の家内も両手マスカケなんです!つまり一万分の一の確率の人です。
つまり、両手マスカケ同士の人が結ばれる確立って、1万×1万=1億!!
私と家内の出会う確率は1億分の1であるということなんです。
日本中にひょっとしたら、二組といないかもしれないカップルです!
正に赤い糸で結ばれていたのです!
あぁ~はずかし!(笑

バイオリズム - 2011.06.21 Tue

バイオリズムというのは誰にでもあると思われるが、私も例外なくあるように思う。
その周期からすると現在はかなり低いかもしれない。
ただ周期的というより、外的要因の影響が強いことも事実だ。
仕事がうまくいかないわけではなく、何か歯車がかみ合わない苛立ちのようなものだ。
描いた世界を現実に投影したとき、全く合致しないことに落胆するとでもいうか・・・

それでも、私自身は前向きな人間だと信じている。
いや、物事を前向きに考えていこうと常に努力しているつもりだ。
裏を返せば、悲観的でネガティブな性質があるから、そう努力しているのかもしれない。
根っから楽観的でポジティブな人間は、そうした努力はしないだろうから。
だから、このブログのタイトルも日々是好日なのだ。

今現在はといえば、バイオリズムの波形の最下端部を越え、少し上昇へと向かっている
あたりか?と推測している。このまま、軌道を崩さず昇って生きたいものだ。

多くのことに携わっていると、騙されることや裏切られることに度々出くわす。
過去の経験からそうしたことに遭遇しない絶対的な方法に気付いたことがある。
その方法とは、誰も何も信じない、ということだ。
元々信じていなければ、理論的に騙されたり裏切られたりする状態を回避することができる。
しかし、それはあまりに人間として悲しい選択だと気付く。
だから、どんなことでも、どんな人間でも、取りあえずは信じることから始める。

そしてまず、自分自身を信じることから始める。
絢香の「I believe」のこのフレーズが、時折勇気付けてくれる。
♪ I believe myself 信じることで、全てが始まる気がするの・・

過去・現在・未来 - 2011.06.20 Mon

過去・現在・未来、言い換えれば、記憶・現実・想像かもしれない。
昨晩のテレビドラマ仁-Jinを見ながらふと考えた。
100年前は過去であるが、その時代の人にとっては現在であり、100年後は遠い未来だ。
逆に100年先の世界からみれば、現在は100年前という遠い過去だ。

そうしたとき、2111年を生きている人たちは2011年の世界をどう見て、どう評価するだろうか?
そもそも、100年後ってどんな世界なんだろう?
子供の頃、学校の授業で誰もが未来の絵を書いた記憶があるだろう。
高層ビルに立体高速道、空を飛んでいるマイカーがあったり、ビルの屋上に広大な公園があったりした。
子供心は正直だから、本当にそうした世界を夢見て描いたに違いない。
半世紀近く経過した今、形は違えど現在はそれに近いかもしれない。
通信技術に関しては、当時の大人さえ創造できないくらいに進化している。

では、その夢見た現在を生きている私たちは、この現実を本当に望んでいるだろうか?
全てのものがスピード化されたこの現在は、本当に私たちを豊かにしているだろうか?

IT革命(情報技術革命)は人類にとって第3の革命と言われる。
農耕革命・産業革命・IT革命・・・産業革命とIT革命との期間はとても短い。
この短期間で我々人類はこのスピード社会に順応すべく進化しただろうか?

現在のメールは、かつての手紙の発展形といえる。
しかし、手書の手紙とはあきらかに異なるものがある。
ペンの強弱や書き方、行間に込められた思いはメールでは伝えきれないものかある。
そのために発明されたのが顔文字である。感情表現をする手法だが、どこか味気ない。
そしてメールと手紙の一番異なる部分は、スピードである。
いつでもどこでも思ったことを瞬時に伝えられるメールはスピードの面で圧倒的に勝る。
しかし、これについてもどうだろうか?感情を瞬時に伝えることが果たして良いことだろうか?

手紙は手書で書くから、間違えれば書き直ししなくてはならず、漢字は辞書をひいたり
何かと手間がかかる。出来上がった手紙を封筒に入れ、ポストに投函するという手間もかかる。
しかし、この手間隙が時間と余裕を生む重要なものだということを、私たち世代の人は経験的
に知っている。書き上げた際に、もう一度読み返す、ポストに投函する前にもう一度書いた
内容を思い起こし、本当に出していいか考える。
そうした時間の経過の中で、書いたけれども相手に届けられなかった手紙というのは、
手紙を書いたことのある人なら誰もが沢山あることだろう。
しかし、メールは感情が落ち着く間もなく瞬間的に相手に伝わってしまう。
それによって、人を惑わしたり、傷つけたり、時には喜ばせることもある。
そうしたスピードから起こる現象に我々の感情は対応しきれるほど進化はしていない。
むろん、我々世代であれば己の人生の中で急激に変化したことで進化のしようもないのだが・・

さて、次の世代はどんな世界になっているのだろうか?
今よりもあらゆるものがスピードアップしているのかもしれない。
そうだとしたら、あまり生きたい世界ではないかもしれない。
もう少しゆっくりと、時間の流れを感じながら物事を考え、行動できる世界になればと思う。

月月火水木金金 - 2011.06.19 Sun

古い言葉だが、月月火水木金金という言葉がある。
かつて軍歌として歌われていた。
休日返上で訓練に明け暮れる軍隊は土日がなかった。
思えば私もその状態に等しい。
訓練というよりも第一線で戦い続けている思いだ。

休みがないと、いざ休暇を取ろうと思っても不安になってくる。
休んでいいのだろうか?やることはなかっただろうか?
そんな気持ちだから心が休まらない。
それで結局会社に出て仕事をする。
今日もそんな一日だった。
会社に出れば何かしらやることはある。いや、沢山あるのだ。
先延ばしにしていた事案がいくつも頭に浮かぶ。
土日は電話や来訪者がないことから、そうした雑用をサクサクこなすのは
最高に都合が良い。

そんなこんなをしていたら、手掛けた公共事業の担当課の職員から電話
があった。そういえば昨晩遅くにも電話があった。
電話の内容は昨晩と同様だった。
行政職員が土日も仕事をしているのか?と疑問に思った。
しかし、昨晩の電話は少しろれつが回らないような口調だったことから、
酒を飲んで酔って電話をしてきたようだった。
今日は昼間だったので酔ってはいないが、昨晩と同じ内容を話す。
どうも、昨晩電話してきたことを忘れているようだ。

その担当課長は先日から、ある問題の責任者として続けざまにメディアに
叩かれていた。私も関与していたことで、申し訳なかったと詫びを言ったが、
私自身は業者であることから、責任を問われなかった。
かと言って、その課長一人の責任でもなく、むしろ責任のみ被った被害者
といってもいい。
彼の心労とストレスは察するに余りある。
私に、今後について相談に乗って欲しいという。
私自身は仕事上においては、既に終了した案件ではあるが、彼の要望を
受け入れることとした。
サラリーマンと違いお役所だから、同僚は関わりたくない態度を示している
のかもしれない。そう感じたから、相談に乗ることにした。

人として、頼られることは重荷ではあるが、これは有難いことだ。
頼りにならないと思われていたなら多分相談は持ちかけないだろう。
こうして、またボランティアに近い仕事を請け負うこととなる。
きっと、いつかは何かが戻ってくるだろう。
出したものは返ってくる、この原則がある以上必ず何かが戻ってくる。
だから、良いものを出し続けなくてはならない。
人生は無駄が多いものだ。だから楽しいのかもしれない。

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tsutsui-s

Author:tsutsui-s
広島県在住。
複数の会社と店舗施設を経営。自分に出来ないことはない、という自信過剰ぎみの精神力を糧に、新しいものに挑戦し続ける中年です。

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