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2011-05

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創業30周年 - 2011.05.29 Sun

数年前、今年の5月にはどうしようか?と考えた時期がある。
今年5月は創業30周年であるからだ。
今まで、周年記念などこれといって行わなかった。
しかし、30周年は何か式典でも執り行ったほうが良いのではないか?
そう考えていた。
その理由は、40周年は迎えられないかもしれない、との気持ちがあったからだ。
会社としては、ひょっとしたら存続しているかもしれない。
しかし、私は40周年といえば64歳。引退しているか、或いはこの世の人では
なくなっている可能性もある。
そうなると、30周年は区切りのような気がしていた。

しかし、今年5月というのは手掛けていた上島町のフェスパオープンもあり
忙しくてそれどころではなかった。
今月が30周年ということすら忘れていた。

今日片付けを行っていて、事務所の玄関口に宅配の荷物があるのを発見した。
大きな荷物ではないので、もっと以前に来ていて気付かなかっただけかもしれない。
送り主も見ぬまま、宛先が会社だったため直ぐに開封した。
木製の額が出てきて、それを見た瞬間「もしや?」と思った。
中身は予測どおり表彰状だった。
商工会議所から30周年記念を祝う表彰状である。

誰もが30周年を意識することなく、祝うこともなく忘れられているが、
商工会議所はこうして10周年ごとに表彰状を送ってくる。
応接には20周年の表彰状が飾ってある。
それとかけ変えて暫く眺めていた。
胸が少し熱くなる。
もう、30年も頑張ったんだから、いいじゃないか・・・
よく頑張った・・うん・・
自分が自分に言い聞かせるように、30年の長き時間を労う。

私の中では、60歳というのを人生の区切りとして意識している。
60歳で引退し、夫婦水入らずで悠々自適な余生を送りたい、それが願いだ。
そうなれば、私が社長としての40周年はないだろう。
それは、それでいいとも思う。

とりあえず、30年お疲れ様、そしておめでとう。
そう自分に言っておこう。
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一段落 - 2011.05.23 Mon

昨日、1年半に渡って手掛けてきた施設、上島町のフェスパのグランドオープン
イベントを終了させた。
朝、落成式を行い、昼らオープニングセレモニー、夕刻ウェルカムイベントと一日
じゅう式典詰めだった。それらイベントの企画運営も当社の仕事として受注していた。
私はチーフプロデューサーとして全体の管理監督を行う傍ら、来賓でもあることから
落成式とオープニングセレモニーは来賓席に釘付けであった。
落成式の最中、いろいろと気になる点が出てきて、それを伝えようにもその手段が
なくイライラしたが、その気になる点はちゃんとスタッフが気を利かせて対処して
くれていた。
オープニングセレモニーの最中も、やはりあれこれ気になる部分が出てきて、来賓席
に座ったまま、つい手で合図を送るなどしてしまった(笑

それでも、全ての式典を滞りなく、そしてとても満足できる形で終わらせることが
できた。案ずるより生むがやすしと言うか、従業員や協力会社の方々がみんな尽力
してくれたお陰で良い式典ができた。

この施設は私にとって一年半という長い時間をかけて手掛けた大きなプロジェクトだ。
本当に苦労した。相手が民間でないことから、余計な手間や時間も浪費した。
昨日はそれにいったん終止符を打ったわけだが、施設としては昨日スタートを切った
わけだ。今から一年間は、私どもの会社にて運営フォローを実施する予定だ。
自分の施設だと思うように運営できるが、他人の施設では難しい点も多い。
まず、基本的な問題がある。
こちらは教える立場、指導する立場にあっても、相手にはクライアントという立場が
あり、上下関係をどう見据えて教育を行うか?ということである。
そのあたりの関係性を理解しつつ、適当な距離感をもって取組まねばならないだろう。
当社の真価を発揮できるのは、むしろ今からかもしれない。

見えない日本の将来 - 2011.05.15 Sun

東日本大震災から2ヶ月以上経過した現在も、連日トップニュースで報じられる。
震災は天災として諦めざるを得ないにしても、原発問題は人災であり、しかも
長期にわたり災害をもたらすことから、今後も目が離せない。

現在手掛けている施設のオープンがいよいよ1週間後に迫った。
グランドオープンの告知は新聞カラー全面の竣工広告という大々的なもので当初
から決定していた。つまり、事業者や施主が行う広告ではなく、建築会社や関連
の会社が費用を出し合って竣工の告知とお祝いをする広告である。
その企画についても私が多少加担しており、広告代理店との間で動いている。

しかし、3.11の大震災を受け、のんきにお祝い事を大々的にやるのはどうか?
と思い意見を投げかけたが、特に誰も何も意見を述べない。
そこで、竣工広告費の一部を削ってでも義援金を送るべきではないか?との意見
を出すと、強制は出来ないので任意で出し合おう、ということになった。
60社近い協賛業者が居ることから、私は100万の義援金を目指せるかもと目論ん
でいた。一口5000円の募集であるから、4口平均集められれば達成できる。
個人じゃなく、企業なんだから当然それくらいするだろう・・・そう思っていた。
しかし・・・広告代理店から寄せられた集計金額に唖然としてしまった。
合計75000円・・・つまり、15口だけ・・・60社もあるのに・・・。
多くの企業が賛同できない表明をしているわけだ。
自社の名前の出る広告にはお金を出せても、名前の出ない義援金となれば後ろ向き
になる。正直がっかりした。

海外メディアは日本人のモラルや気質、そして「絆」について高い評価をしており、
日本メディアも頻繁にこの「絆」という言葉を口にする。
しかし、本当にそうなのだろうか?

震災直後、略奪や盗難が全く起きなかったと報じられ、こんな記事も新聞に出ていた。
「警察に多くの貴金属や数千万に上る現金が落し物として届けられている」
解釈の仕方では、こんな状況下ではポケットに入れても分からないものを、ちゃんと
警察に届けている正直な日本人・・・・ということではあるが・・・・
落し物については、3ヶ月間落とし主が現れなければ、届けた人のものになる。
震災と津波で全ての物が大きく移動してしまった場所での拾い物は、誰の物かを特定
する手がかりはなく、基本的に全て拾った者へと渡されてしまう。
ポケットに入れれば窃盗だが、警察に届ければ善良な拾い主で、そして結果は同じ。
と、すれば拾い得、ガレキの山は宝の山・・・とも取れてしまう。
それ目的で、現地入りする人も少なくないとか・・・

確かに、日本人は心穏やかで優しく、心遣いや気配りに長けていると思う。
しかし「絆」という言葉を、そう容易く使うべきではない。

60社で75000円しか集まらない現実を、私はどう伝えるか?
当社がどれだけ上乗せして、それを紛らすか?
提案した者の責任として、なんらかの決着をつけなくてはならない。

色々考えていると、日本の将来を憂う気持ちになってしまう。

大切なもの - 2011.05.12 Thu

考えてみれば、今年に入って一日も休みを取っていない。
今年に入ってというのは、もちろん元旦も含めてである。
多くの仕事をこなすためやむを得なかったからだが、
それは自分の選択であり、誰の責任でもない。
社長として仕事人としての責任は果たしてきたと思う。
しかし、夫として父親として人としての責任は果たせた
だろうか?と問うと疑問が残る。
誰かのために自分の存在があるというのは、自惚れであり、
自分が誰かに依存した上で存在していることを先に考える
べきである。
そうだとするなら、それに対しての責任というか、ちゃんと
お返しもしなくてはならないというのが人の道だろう。

今朝、今夜は外食をしてマッサージをしてその後ナイトの
映画を見に行こう、そう家内に告げるとニコリと笑って頷いた。
ここ数年、小旅行さへ行っていない。
何も要求しないのは、毎日仕事に追われる私に、何かを要求
するのは酷だと思っているのだろう。
時間は努力して作らなければ、いつになってもできない。
誰もが、時間は永遠にあるわけではない。
限られた時間を生きているのだから。

合宿研修を終えて - 2011.05.01 Sun

先週、現在コンサルタントを請け負っている施設の合宿研修を実施した。
2泊3日の研修だったが、兎に角疲れた。準備の時間がなかったこともあるが、研修前日も
深夜まで準備に追われ、研修当日も毎晩深夜まで翌日の資料作りや、受講者の状態の確認
などで毎日睡眠時間は3~4時間程度だったことも、疲れの原因のひとつだった。
しかし、終わってみれば受講生たちの変化や喜びの大きさを知ることとなり、満足感に満ちた
快い疲れであった。

当社のマネージャーと外部の先生の協力を得ながらの研修であったが、実を言うと本格的な
研修を外部に対して実施するのは初めてである(汗。セミナーや研修など多くのものに受講生と
して参加したことはある。しかし、講師側となると、1セッション1時間30分の講義や、
セミナーのアシスタントとしての参加や、地元での自助グループのセミナーのトレーナーを
少しやったこと、後は社内での研修程度である。
それでも請け負ったからには、プロとして最高のものを提供しなくてはならないという使命感
に駆られる。幸い、色々なものを経験しているだけに、どのようなセミナーが良くて、どのよ
うなセミナーがつまらないか、というのは熟知している。
ただ、だらだらと講義ばかりのセミナーは退屈なだけで、残るものが少ない。かといって、
いわゆる地獄の特訓的なセミナーは達成感はあるものの、それをするわけにもいかない。
今回のセミナーで一番難しい点は。受講生のばらつきである。
一般企業の新入社員研修セミナーのようなものであれば、ある程度年齢や知識レベル、人生観
などが近いので、絞り込んでプログラムの組立が出来る。
しかし、今回は22歳の若者から68歳の高齢者まで年齢はさまざまで、社員もアルバイトも含まれ
経験年数も全く0の人もいれば、25年というベテランまでいる。さらに、職務ポジションは
接客係りに清掃係りに調理係り、運転手、機械設備係り、とさまざまである。
このバラエティに富んだ人たち全員に対し、同じことを話しても伝わり方は当然異なるし、
笑いを取ろうとしても、笑いのツボは当然異なる。身体を動かすセッションについても、
年齢差を考慮しなければならない。
更に、一番の問題は受講生の意識である。通常、名の売れた方のセミナーになると3日間の受講とも
なれば受講料は数十万となることも珍しくない。たとえ数万のセミナーであっても、多くの場合は
時間とお金を使って受講するものである。だから受講生の意識は「何かを得て帰りたい」という意識
が強い。しかし、今回のセミナーでは、半ば強制的参加をさせられている人も多く、この忙しい時期
になんでこんな仕事と直接関係ないセミナーに参加しなくてはならないのか?という、しかたなく参加
する人が多数しめていることが大きな問題である。事実、半数ほどの人はそういう意識だった。
そんなことを考えていると、とてもじゃないがプログラムは組めない。

それでも、どんな人であろうとも共通のキーワードは何か?と考えると答えが出る。
共通のキーワード、それは「感動」である。
美しい景色には老若男女誰もが感動するように、心の振るえは同じ部分で起こること間違いない。
感動を与えるためには、決められたプログラムを淡々とこなしていくのでは無理である。
受講生の状況を把握しながら、また心の動きを感じながらリアルタイムにアドリブで進めていかねば
ならない。これが、良いセミナーを実施する難しさであることは、私も参加者の立場から過去に
学んできた。しかし、これはとても難しく、それなりの経験と知識とネタが必要である。

初日、研修開始前に私は「何かを教えるセミナーじゃなく、何かを感じ気付いてもらうための
セミナーであり、私たちはその手助けをするだけです。多くを得るか得ないかは、皆さん自信に
かかっており、私たちに期待しても私たちは多くを教えられません。知識もないし、講師としての
地位や名誉もありません。だから私たちのことを決して「先生」とは呼ばないでください」
そう、まず切り出した。多くの受講生はなんと頼りない講師なんだろう・・と思ったかもしれない。
それでいいと思った。その後私は付け加えた、
「しかし、立派な肩書きは何一つありませんが、この3日間で皆さんが多くのものを感じて気付き、受け
て良かったと思える、この3日間のことを一生忘れない3日間になるような研修を全力をあげて行います」
と、自信満々に語った。(実は、この時点では全くその自信はなかった、というか見えなかった)

初日は7割がた私の担当である。1時間程度なら話し続けることはよくあるが、いくつものセッションを
続けてこなすのはとても疲れた。予測通り、いわゆるスベったセッションもあった。今までに行った
ことのないゲーム実習などを入れたが、やはり年齢差もあり受取りかたがさまざま。
失敗は失敗として、トークでなんとかまとめた。
終盤、持病の不整脈が激しくなり、立っているだけで苦しくなることが度々あった。
なんとか気付かれないよう乗り切り、限界がくる前に相棒のマネージャーへバトンタッチした。
初日がの終盤、受講生に感想をいくつか聞くと、「参加して良かった」という意見がいくつか出てきた。
手ごたえを感じつつ、初日を終了した。

2日目は、外部の先生も参加しての研修であり、持分は少ないことで気分的に楽だった。
しかし、昨晩今日のプログラムの修正やら、講話のネタを考えるため睡眠が少なく、相変わらず不整脈
が酷かった。
午前中の体験ゲームを交えた私のセッションでは、やはりちょっとスベってしまった。
受講生が難なくやってのけてしまったからだ。普通なら出来ない人が取り残され、追い詰められていく
場面があるはずで、そこで「自分を越えること」「援助すること」「選択の意思決定」などを学ばせる
予定だった。しかし、全員があっさりやってのけたので、ネタばらしと少し笑いをとって終了した。
プロの先生にバトンタッチして、私たちはその見学の立場となった。気分的にとても楽である(^^
先生の話しやゲームにはそつがなく、淡々と進んでいき「さすがプロだなぁ~」と感心させられた。
どうも私の場合は、いっぱいいっぱいのような感じが拭い去れない。これはやはり経験値の違いなの
だろうと痛感した。それでも、全力でエネルギーを注ぎ続ける、思いを伝える、これは経験によって
は決して養えないもの、プロの意地とここに居る人たちになんとか伝えたい思い、それで乗り切る。
午後の私のセッションは「信頼」についてである。講義とゲーム、これが基本的な組合せである。
話しだけでは伝わらない、体験によってそれを証明すること、そして気付いていただくこと、それが
私の「感動を与えるセミナー」のやり方だ!!
これはなんとかうまくいった気がした。トリッキーで騙された、といった感想を持つものもいたが、
それはそれでいい、そう感じることもその人の気付きとパターンであるから。
各プログラムの間にマネージャーのサービス研修を入れる。これが今思えば自画自賛であるが絶妙な
タイミングで、しかもマネージャーのトークと実例がうまいことで、全体の研修に余裕としまりが
できたように思う。
2日目終了前には、かなりの方が参加してよかったと答えてくれた。
その言葉で我々は大いに救われるのである。プロといえども研修の講師となるとセミプロみたいなもの、
それでも、どんなセミナーよりいいものを作り上げて見せる、という意気込みは私もマネージャーも
共通の思いだ。多くの、セミナー参加の経験があるからこそ、そのツボは知っている。
明日は最終日、絶対に全ての人に「参加してよかった」と言ってもらって終了させる!

最終日は基本のプログラムはあるものの、実は全てアドリブで乗り切らなくてはならない。
それは、受講生の発表がメインになるからだ。そして、最後には何かサプライズが必要だと思って、
卒業証書を作ることにしていた。全員の笑顔入りで、私とマネージャーのコメント入りである。
これを夜作るわけだから、またまた寝る暇がない。
毎日栄養ドリンクを飲んで、睡眠不足と不整脈に闘いながら、全エネルギーを出す。
今思えば、3日というのが限界だったろうな、と思う。

最終日3日目。
どう終結させるか?どんな最後になるか?正直わからない。
講話の内容は特にない。最終日は受講生がエネルギーを出す番だからだ。
午前のセッションで受講生に一人になって考えさせる部分を設けていた。
約30分間のその時間の間、マネージャーと休憩を取りながら、今日の進め方など話した。
実は、二人でこの研修を進めるにあたり、私が全体のプログラムを組み終えたのは、研修開始2日前
であり、それをメールでマネージャーに送っただけで、互いに打ち合わせは一度もしていない。
だから相手が何を話すのか、何をやるのかは未知なのである。こんないいかげんなことあっていいのか?
とも思えるが、私はそれでいいと思っていた。
もともと形にはまったものを提供するのではなく、その場のエネルギーに合わせてリアルタイムに
変化させることが大切、と思っていたので、あえて詳細の内容を詰めなかった。
この30分の考慮時間に、マネージャーは受講生としての考慮を始めた。
これは私にとっても全くの予想外の出来事である。
なぜなら、マネージャー自身が「私から発表させてもらってもいいですか」と言ったからだ。
まあ、発表のサンプルとしていいか、と思い、「ああ、いいよ」と気安く答えた。
そしていよいよマネージャーの発表。
過去の出来事を感慨深く語りはじめた。私は、やばくない・・・と思ったが、時既に遅し・・
涙ながらに語るマネージャーの言葉に、聞いている受講生ももらい泣きをする人も出てくる・・
私は、どうすりゃいいの?想定外なんですけれど・・・と、ちょっと困惑する。
しかし、これがきっかけで、多くの受講生が胸につかえていたものを発表してくれて、とても貴重で
予測を越えた価値あるセッションとなった。
いろいろ話す受講生の話しに、どう助言すればいいか、模索することも多かったが、一番考えさせ
られたのは、私たちだったように思う。
その後、最終日メインのセッションを終え、卒業証書を授与して終了した。

全員に感想を述べてもらった。誰もが本当に参加してよかったと心から喜んでくれた。
もう終わってしまうの、まだやりたい、そんな意見まで出た。
サービス業でのキーポイントは「感動」であることを研修の中で伝えたが、この研修じたいも
「感動」をキーポイントとしていた。感動さえあれば、きっと今日の日のことは忘れない。
そんな研修にしたいと思っていたが、なんとかその目標を達成できたと実感した。

終了後、家に戻り、マネージャーとコーヒーで乾杯した。そう、成功を祝う乾杯である。
どうなることやら・・・と不安でスタートしたが、終わってみれば大成功だったことを実感できた。
そしてお互いに感じたことは、この研修によって一番学んだのは、私たち自身であったということ。

私が帰り支度を始めた頃、マネージャーが「社長、寝ていいですか?」と呟いた。
そういえば、この3日間あまり寝ていない。疲れきっているが、なんだか心は元気。
エネルギー出しっぱなしだったが、最後には多くのエネルギーを貰ったように思う。
コンサルの仕事は、ノウハウを伝えて指導するのが仕事。
しかし今回、コンサルの枠を越えた仕事が出来たことを嬉しく思った。

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tsutsui-s

Author:tsutsui-s
広島県在住。
複数の会社と店舗施設を経営。自分に出来ないことはない、という自信過剰ぎみの精神力を糧に、新しいものに挑戦し続ける中年です。

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