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2017-06

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ナースコールは一度だけ(後編)~【入院日誌】 - 2014.03.31 Mon

「本日担当させていただきます看護師のHと申します。よろしくお願いします」
H看護師は比較的年配のベテラン看護師といった感じ。
入院が決まると、いろいろ手続きや確認書の記入やらで忙しい。
入院手続きが済むと、活動制限の説明と転倒防止についての説明を細かく受ける。
私の場合、歩行は×となっているためトイレに行くにも車椅子で看護師付き添いということになっていた。
それを無視して一人でトイレへ行こうとして転倒する事故が多いらしい。
自分では大丈夫と思っていても、病人は歩行さえおぼつかないものらしい。
だからなんらかでベッドから動く場合には絶対にナースコールで看護師を呼ぶように、ということを
強く言われた。トイレでは専用の計量カップに用を足しその量を記入するよう指示された。

 鎮痛剤が効いて腹部の痛みが治まると、なんで入院なんてしなきゃいけないんだ?と疑問になる。
若干背中が痛いこととみぞおちあたりに鈍痛を感じるだけで、歩行は全く問題ないと思った。
血液検査やCT検査で膵炎であることは間違いないらしいが、原因がわからないため午後からMRIなど
精密検査をして調べるらしい。
主治医は年配のドクターだが担当医のF先生はかなり若い。ひょっとしたら研修医かもしれない。
F先生は私に、昨日アルコールを沢山飲まなかったか、暴飲暴食をしなかったかなどと聞いてきた。
救急で受診した際に先生に、そして入院が決定した際に看護師に対して、同じ質問をされたので
これで3度目の質問だ。
お酒は一滴も飲んでいないし、食事も普通の量で間食もしていません。
そう答えると頭をかしげていた。
あとは胆石や膵癌が原因の場合もありますので午後から検査します。との説明だった。
後に、家内や娘は結果がわかるまでかなり心配した、ということを聞いたが、
なぜか私は全くといっていいほど心配はなかったし不安もなかった。
もしかしたら癌?とは思ったが、それは確定したら悩めばいいことで、今は悩んでもしかたない、
と本当に思ったから特に気にならなかった。

 それよりも、トイレの度に看護師を呼んで車椅子で行くなんて・・面倒極まりない。
更に、私は前立腺肥大もあって頻尿だから一日10回はトイレに行くし、深夜も数回行く。
そのたびにナースコールをしなくてはいけないなんて・・・どうしよう・・
と、そのことばかり考えていた。

 しかし検査を一通り終えた午後、その心配は無用になった。
H看護師がやってきて、
「先生の指示で活動制限が変更になりました。もうトイレでの採尿はしなくてよくなりました。」
一瞬、やれやれ助かった・・と思った。
「その代わり、尿道カテーテルをして採尿をしていただきます。後でポータブルトイレを持って
着ますので、お通じの際はポータブルトイレにしてください。その場合、必ず看護師を呼んで下さい」
はぁ??重病人じゃあるまいし、なんでポータブルトイレ??尿道カテーテルって?何??
「後ほど、尿道に管を通しますが男性の場合かなり痛いです。更に筒井さんの場合前立腺肥大が
あるため通りにくいと思いますので相当痛いです」
と言う。
もう、『相当痛い』という言葉にビビリまくりで、
「それって絶対にしなくてはいけないんですか?」と尋ねると、
「先生の指示なので絶対にしなくてはいけません」と言う。
あのF若先生だなぁ、原因不明だからおじけついたんじゃないか??などと想像したが、
尿道カテーテルの実施からは逃れられそうにもない・・・(涙

 まだ検査結果は出ていない。ひょっとしたら癌の可能性も・・・という心配をしなくてはいけない
ところだが、その不安は全くおこらない。それは確定事項ではないからだ。
それよりも今確定している尿道カテーテルの方が不安でたまらない。相当痛い・・・ってどれくらい?
ベッドの頭上に痛さレベルの表がある。レベルは1~10までの十段階。10は今までに経験したことの
ない痛さ、という説明書きがあり、大泣きした顔マークがついている。
今までに経験したことのない痛さ、というのは経験してないから未知の痛さ?
想像するだけでも痛そうだ。どうしよう・・・・
 
 と1時間ほど悩んでいたら、ガラガラとワゴンの音がしてそれがだんだんと近づいてきて・・・
カーテンの直ぐ外で止まって・・・カーテンが開いて・・・H看護師が立っていた。
「今から始めます。準備をしますので、ズボンとパンツを脱いで待っていてください。」と・・
私は布団を腰に掛けてその時を待っていた。
滅菌手袋を装着し、何やら器具類を準備しているようだった。
私は、唯一動かすことのできる左腕を目の上に乗せて、目をしっかりとつむった。
もうダメだ・・・相当に痛いという未知の痛さを今から味わうことになる・・・どんだけ痛いん?
もう好きにしろ!・・なんでも受けて立つ・・・
もう正にまな板の鯉のごとく観念するしかなかった。

 そしてすべての準備が整った。
「それでは口で大きく呼吸してください。ゆっくり呼吸をして絶対に力まないようにしてください」
言われるように口で呼吸をしてそれに意識を集中した。
最初は、何かヒンヤリとした感覚・・・多分消毒をしているのか?
次の瞬間だった。
「痛いっ!」と声を上げてしまった。
「まだ入れてませんよ、力を抜いて!」とH看護師。
(いや、何か入れられた痛さだと思うけれど・・・)
後に調べて分かったのですが、多分この時ゼリーを注入したのだと思います。
「では管を入れますので絶対に力を入れないように、楽にしてください」と。
「はっ・・はい・・」
しかし、次の瞬間。
あぁぁぁっ!痛いっ!!」
力抜いて!」 H看護師の声も大きくなる・・
この時思った。痛い時って絶対に力が入る。無意識に条件反射的に力が入る、それなのに
力を抜いてと言われても絶対に無理だ!と。
「まだ少ししか入っていません、力を抜いてください。口で呼吸をして」
と言われるが、痛くて額からは脂汗が流れてくる。
男性の場合、尿道は曲がり角が多く、途中には前立腺に囲まれている。
前立腺肥大の場合、尿道が圧迫されて細くなっている。だから管が通りにくい。
今前立腺あたりなのだろうか・・・そんな想像する時間の長さというか余裕もあった。
「入らんねぇ・・・」と何度もつぶやいていた。さすがにH看護師も困った様子だ。
ある部分(多分前立腺)を突破しようと挑戦する度に、お腹を剣で突き抜かれるような激痛が走り
全身に力が入った。すると余計に管は動かなくなるようだ。
「困ったねぇ・・」独り言のように呟きながら、何かに気付いたように私にこう言った。
「ナースコールを押してください!」
えっ? 私は一瞬何を言っているのか意味が分からなかった。
「応援を呼びたいんでナースコールを押してください。私は押せないんです」と言った。
なるほど、そういうことか・・・滅菌手袋しているし、他のものは触れられないわけだ。
私は入院して最初でそして最後となるナースコールを押した。
「はい、どうされました?」
スピーカーから声がした。
「ちょっと誰か応援に来てください!」H看護師が答えた。
「わかりました、直ぐ行きます」
しかし、直ぐには来なかった。
「早く、来てくれないかなぁ」H看護師の呟きを数回聞いた。
その待つ時間というのが数分もかからなかったと思うが、何か気まずくて微妙に長く感じる。
そして、K看護師がカーテンを開けて入ってきた。
私はずっと左腕を目の上においているので、何をしているのか全くわからない。
H看護師がK看護師に
「ゼリーをつけて」と指示したのが聞こえた。
(おぃおぃ、これじゃまるでSM3Pプレイじゃないか)
と、ジョークを頭で呟く余裕が一瞬だけあった(笑)
しかし、次の瞬間
「痛いいいっっっ!!」
と殆ど叫び声を上げてしまった(汗
やっと終わったかと思ったのだが、残念ながらまだだった。
二人の看護師が「通らんねぇ・・」とつぶやいていた。
その時、カーテン越しに人影が映り、その影がカーテンを開けようとした。
「開けないでください!」H看護師が大きな声でそれを制止した。
一瞬カーテンが躊躇するように止まったが、サッと開いた。
そこに居たのはF先生だった。
「あぁ、先生でしたか、すみません」H看護師が言う。
ここはまだ救命救急病棟だったため、病室のように扉がない。
そのため私の悲鳴が聞こえて様子を見に来たのかもしれない。
私の子供よりも若いと思われるF先生は腕組みをして眺めている。
(先生が活動制限かけるからこんな目に合ってるんですよ・・)と思った。
そしてF先生はこう言った
「難しいようなら、後で泌尿器科へ行ってもらっとてやってもらってください」
いやぁ・・冗談じゃない。こんな痛い思いをもう一度初めからやるなんてゴメンだ。
それなら病院を逃げ出した方がマシだ。
と、本気で思った。
なんとしても、この場で成功させなくては・・・・
私はとにかく口で呼吸をして、それに意識を向けた。
痛いことは忘れよう・・・痛くない・・・痛くない・・・
全身の力を抜いた・・・・
何か・・・何かが・・・突き上げてくる・・・痛いけど痛くない・・・
脱力・・・脱力・・脱力・脱力~~~
次の瞬間
「通りました!」
看護師の声がした。
F先生がカーテン越しに消えていくのが見えた。
もう殆ど意識も朦朧としていた。痛さに耐えるって本当につらい。
額には脂汗が滲んでいた。目頭から一粒涙がこぼれた。
「お疲れ様でした。痛かったですねぇ」そう言われて、
「レ・・レ・レベル10でした」と小さく呟いた。
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ナースコールは一度だけ(前編)~【入院日誌】 - 2014.03.30 Sun

 私は点滴のチュウブに目が釘付けになっていた。
そのチュウブには約5cmもの空気の層がありました!
先ほど点滴が完全に終わったままの状態で暫く時間が経過していたためか、
看護師が「空気が入っているので一度外してエア抜きしますね」
と言って新しい輸液に取り換え、点滴のチュウブを針部分のコネクタから外して
輸液を出して空気抜きをしたのち、再度針部分のコネクタにねじ込んで取り付けた。
しかし、そのエア抜きが不十分だったのかもしれません、空気の層が残っているのが見えたのです。
昔からよく血管に空気を入れると死ぬっていうのを聞いたことがあります。
その空気が・・・それが徐々に私の腕に近づいてきます!
私は、これくらいの空気ならきっと大丈夫・・・そう思いながらも不安で仕方ありません。
点滴筒の中で一滴一滴落ちる輸液に押されて、少しずつ近づいてきます(汗
私はとっさにチュウブをつまんで押さえましたが、それでも止まりませんでした。
どうしよう・・・
そうだ!私は止める方法に気がつきました。
私は点滴の落ちる速度を調整するクランクのローラーを回して点滴を止めました。
空気の塊は私の右腕まであと30cmほどのところで一旦止まりました。
ふぅ・・・助かった・・・
空気は軽いから少し放置しておけば空気溜りは点滴筒まで上がっていくだろう・・
そう思っていました。
しかし、予想とは裏腹に一向に空気は上がっていきません。
私は迷いました。ナースコールで看護師を呼ぶべきかどうか?
ナースコールは緊急の時に使う、という私の中の観念がそれを邪魔します。
これくらいの空気なんでもないことかもしれません。
神経質、臆病な人、ビビリ・・・そんな言葉が頭をよぎり呼べないまま時間が過ぎます。
今まで一度もナースコールは使っていない。
一方で私の隣の患者は頻繁にナースコールを使っている。
いつも緊急じゃないし大した用事でもない。質問や疑問、苦情などなんでもナースコールをする。
私は点滴を止めている間に、スマホで『点滴 空気』と入れてネットで調べた。
同様の心配をしている人が沢山いて安心した。
多少の空気は入っても大丈夫。というのが大方の回答だった。
中には画像もあった。ほんの数ミリの小さな気泡が写っている。
フム?・・・多少っていうのはこれくらいのこと?・・・5cmって多少に入るの?
また不安がよぎる。しかしナースコールはできない・・・
どうするべきか・・・
そしてついに決断した。
先ほど看護師さんがエア抜きした様子を見ていたのでその手順通りに自分でエア抜きを
することにした。
針の付け根のコネクタを回してその先端をゴミ箱に向けて、クランクのローラーを緩めた。
先ほどのエアーの部分までが一気に輸液が押し出されたところでクランクをロックした。
よし、これでOK
こんなこと勝手にやっているところを見られたら、きっと叱られるだろうな・・・
私は子供が悪戯をしている気分だった。早く終わらさなくては・・・
がっ・・しかし!
コネクタがうまくはまらない!(大汗
外す時は回すだけで簡単に外れた。
上手くいかない理由は明白だった。
点滴は利き腕の右手・・つまり右手は一切使えない。
不器用な左手だけで小さなコネクタをねじ込まなくてはいけないが、針側を押さえることが
出来ないためにうまく入らない。液漏れしないためだろう、思った以上にネジも硬い。
やばい・・・どうしよう・・ナースコールするか?・・・
いやダメだ、どうして勝手に外したのか!?と怒られるだろうし、確か外した際には
その先端部などを消毒していたはず・・・つまり勝手に外すと細菌感染しやすい?とかで
絶対勝手に外したりしないでください、と言われるに違いない。
ということで、悪戦苦闘したすえなんとか取付した。

 はぁ~、やれやれ・・・これで大丈夫・・・
私は、気分転換と休憩のためベッドを出て談話室へ向かった。
談話室のソファに座り、雑誌を読んでいた。
そして点滴が上手くいっているか一様確認した。
点滴筒の中で約一秒ごとくらいだろうか、時を刻むように輸液が落ちている。
そこから伸びているチューブたどるように眺める・・・
その視線の先に・・
ああっ!!空気溜りがあるっ!!それも二つ
さっきよりもだいぶ短い約1.5cmくらいが少し離れて二つある。
先ほど脱着した際に手こずったからエアーが噛んだのかもしれない・・・
1.5cmって、全然問題ないよね??『多少』の部類だよね??と言い聞かすも不安になる。
そうこうしているうちにどんどんと腕に近づいてくる。
あと20cm・・・あと15cm・・・あと10cm・・・
万事休す・・・・・・・・・・・・・・・・・・
と、ここでクランプを回してロックする(笑。ふぅ~~、助かった・・・
さて、どうする??ナースコールするか?
おっとここは談話室、ナースコールはない(笑)。まぁ、あってもしないだろう。
さっきのように分解するか?しかし、さっきは手こずったし、ここじゃ人目が多すぎる・・・
1.5cmってきっと許容範囲、大丈夫だこれくらい・・・何度もそう言い聞かせる。

 仕事柄、給排水工事の現場によく立ち会う。たまにうまく作動せず水が送れない事や、
例えばポンプが回っても空回り状態になることがある。この場合の殆どの原因は空気だ。
配管内に空気が侵入すると送水ができなくなることが多い。
それは空気が圧力を落としてしまい、流れを止めてしまうからだ。
そうしたことを防ぐために設備配管する際にエア抜きの装置を付ける。
 人間でいえば、血管がは全身をめぐらす配管、心臓はそれを送り出すポンプ。
もしもエアーが入ると、その先へは血液が流れなくなるのではないか??
そんな不安がよぎる。
しかしネットで調べたとき、こんなことも書いてあった。
多少の空気が入っても、その空気は血液中に溶ける、もしくは肺に取り込まれると・・
多少という表現が実に曖昧で困る。
何mlとか、チューブで何mmとか具体的でな表現はどこにもない。
チューブで1.5cmなんて私たち日常生活での量という観念でいえば多少どころか極少だ。
そう考えると、注射一本分の量だって多少の部類に入るだろうが、注射一本分のエアーは
致死量だと書いてあった。
そんなこんな悩みつつも、まぁチューブの直径を考えれば、1.5cm分なんて微量だ。
臆病者だな俺は・・・なんかあってもここは病院!・・きっと大丈夫!
と、言い聞かせてクランプのローラーを少し緩めた。
エアーがゆっくりと腕に近づいてくる・・・
そして腕に到達・・・
小さくブクブクと泡を立てながら入っていくのが見えた。
そして、第2のエアーもやってきて同じく泡を立てて入っていった・・・

 その後、身体は特に何も変化はない。
大したことじゃなかったんだ。きっと・・・・神経質すぎるんだよねオレ・・・
ナースコールをすべきかどうかを迷ったのは結局この時だけだった。

 ナースコールは緊急時のみ、私の観念が結局一度も使うことなく退院となった・・・
いや?まてよ・・・
そういえば一度だけナースコールを使った・・・

【後編へ続く】







病室か刑務所か?~【入院日誌】 - 2014.03.27 Thu

 ちょうど一年くらい前だったか、故やしきたかじんの某番組にゲストとして
堀江貴文が招かれて、病室がいいか?、刑務所がいいか?をテーマに番組が組まれていた。
言うまでもないが、やしきたかじんは食道癌の闘病生活で病院生活を余儀なくされ、
堀江貴文は証券取引法違反で実刑となり刑務所生活を余儀なくされた。
 この二人が、病院と刑務所のどっちがいいか?というトークはリアリティがあって面白かったが、
どちらの経験もない私にとってどっちがいいか?という問いに答えは出なかった。

 正直なところ、入院初日は「こんな状況ならきっと刑務所の方がマシだろうな・・」
そんなことを思った。刑務所がどんなところかもわからないが、病室はもっと苦しい場所だと思った。
社会的、世間的な制裁は別として、状況や状態だけを考えた場合、入院は結構つらいものです。
初日は、活動範囲がベッド脇のポータブルトイレまでに制限されました。
絶対にコレで用を足すなんて無理!と思ったこともあり、結局一度も使うことはありませんでした。
ポータブルトイレも使わないということは、わずか畳一枚程度のベッドの上でのみ生活することになります。
うつ伏せになりたくても、点滴と尿道カテーテルがあるためにできません。
よって体勢としては仰向けもしくは左右のどちらか横向きの3種類しかない。
一日じゅう寝ているだけだから楽だろう、と思われるがこれが実につらいことだと初めて知った。
半日も寝ていると、背中や肩が痛くなる。俗に言う床ずれ?
それに膵炎の症状なのかもしれないが、腰と背中が鉛を背負っているように重たくて痛い!
初日は絶食だけでなく絶飲だったため、喉の渇きに耐えるのも辛かった。
それより何よりQOLを悪化するものは尿道カテーテルである。
少し動くと管が引っ張られて痛いし、これを装着している違和感(痛いし常にトイレに行きたい状況)は、
絶食による空腹の辛さなんて比べものにならない。
動けなくて暇を持て余すからといってテレビなども見る気になれない。
ただじっとして目をつむって時間が過ぎるのを待つ・・・
この時間が長いことといったらない。

 家内が付き添ってくれたので心強かったが、自分としても苦しい状況のなか、ただ黙って目をつむり
じっとしているのが一番楽なために、逆に家内対して申し訳ないというか、退屈だろうなと気をつかう。
普段服用している胃薬、花粉症、蓄膿症、前立腺肥大、睡眠薬などすべて病院に預けることになり、
一旦すべて中止となった。かといって、膵炎の治療のための薬はなく、とにかく水分補給と栄養補給と
思われる点滴をし続ける。その量は初日は500mlを6パック、つまり3Lもの量。
辛いと予測されたのは睡眠薬を服用できないこと。
慣れない病院のベッド、腰と背中の痛み、腹痛、これらも手伝って予想通り殆ど眠れなかった。

 二日目も殆ど同じような状況だった。尿道カテーテルは翌日には慣れるかな?と思っていたが、
違和感は変わらず、とにかく外してほしいと先生に懇願したが2日目もこの太い(直径6mmらしい)
ゴムホースに繋がれたままだった。
二日目に改善されたことは、夜睡眠薬を処方してくれたことだった。
やはり寝なくては体力を消耗するだけとの判断なのでしょう。
 それでも、この二日間のことを考えると、絶対刑務所の方が楽だろうな・・と思った。
活動できること、食事ができること、この二つのことは人間が生きていく上で最低限必要な行為じゃ
ないか?と思われるが、それができない苦しさ辛さは体験してみてはじめてわかった気がする。

 二日目は空腹の辛さもあったが、三日目ともなると空腹は忘れてしまうとでもいうかあまり
気にならなくなってしまう。ただ、空腹感はなくても強い食欲は湧いてくる。
三日目の朝の診察で、そろそろ負担のかからない食事から初めていきましょうか、との説明が
あったので、お昼時間になると廊下をガタガタと音を立てて移動する食事用のワゴンの音に
心がワクワクときめいた。しかし・・・私の食事は運ばれてこなかった。
食欲が湧いてくるというのは元気になってきたという証。
そして、この日は劇的な改善があった。それは尿道カテーテルの取り外しだ。
同時に活動範囲も拡大され、トイレやシャワーへも一人で行けるようになった。
3日ぶりのシャワーはとても気持ち良かった。
そして、夜は丸3日目となる夕食!味もなく、お粥のようなご飯は食感も悪いが、美味しかった!
生きている実感がした。
そして、この三日目の夜はじめて違うことを思った。
今の状況ならば、刑務所よりもマシだな・・と。

 当然、4日目以降はあらゆることが自由になり、とにかく「暇」という感覚が生まれた。
苦しく辛い時は暇と感じる余裕もないが、元気になり自由になると暇を持て余した。
テレビを見たり、新聞を読んだり、読書も少しした。
一日の行動計画を立てたりすると、それなりに時間は潰せるし楽しめた。
ある意味、心地良ささえ感じた。誰もが気遣ってくれて、誰からも守られている気がした。
昔からなんでも自分のことは自分でやる主義だったため、人に依存したり人から援助されたりする
経験があまりなかったが、そうしたことはある意味心地良いことなのだと知った。
そうなってくると、病室か刑務所か?などという疑問は無意味である。

 毎日、家内は付き添いで来て身の周りの面倒をみてくれ、娘も毎日のように来てくれた。
重病人じゃないんだから来なくていいよ、といつも言ってたのは本心だった。
家族といえども、自分のことで面倒をかけるのは心苦しい。
だから、基本的にごく身近な人にしか入院の事実を知らせなかった。
殆どの従業員、取引先、知人は入院の事実を知らない。
心配をかけたくないし、見舞いに来られるのは申し訳ないし何か照れくさい、だから知らせない。
6日間というのは、知らせなくて済むギリギリの時間だった。
 
 物心ついたころから、身内に病人がいて病院通いは慣れていた。
それだけに嫌いな場所の一つが病院だった。
だからちょっと調子が悪いくらいだと決して病院へは行かない性分。
病院の空気、雰囲気、臭い、機器の音、白衣、・・・どれもが私を緊張させ不安が蘇った。
しかし、今回の経験で少しだけ見方が変わった気がする。
誰もが必死に生きようとする場所、必死に助けようとする場所、守り守られる場所。
ある意味素晴らしい場所じゃないか・・そんなことを思った。
どんな場所とも比べようのない、温かい場所じゃないのか?そんなことを思った。

近くて遠い隣人~【入院日誌】 - 2014.03.20 Thu

 初日は救命救急病棟に入院だった。
位置的には一般のナースステーション受付の反対側になり、病室の仕切りはあっても入り口はなく、
正面側は全て開放になっている。患者の様子が看護師や先生側から一見できるような配置である。
それだけに、ザワザワととてもうるさい。話し声、足音、機材を運ぶ音、他の患者のうめき声・・・

 一通りの検査が済むと転院をお願いすることになるかもしれません、と説明を受けた。
基本的に救急患者をすべて受け入れていることからベッド数が足りなくなるらしい。
私は出来るならここで見ていただき転院は極力ないことを祈り個室希望を出した。

 翌日、一般病棟へ移ることが決まった。個室はまだ空きがないため4人部屋になるという。
転院になるかどうかまだわからない状況だ。
お昼過ぎ病室の引っ越しとなった。引っ越しといっても、同じフロア内なので数十メートルだ。
ナースステーションを挟んで反対側に移っただけ。
大部屋の手前(廊下側)左が私のベッドになった。すでに他のベッドは全て埋まっている。
長期入院ではないから、他の人に挨拶することもなく自分のベッドに入った。
部屋は入り口から見ると手前両サイドと奥両サイドの4区画に仕切られている。
中央の通路奥正面に洗面化粧台が一台設置されている以外、トイレもシャワーもない。
隣との仕切りは上下が解放の薄い医療用コントラクトカーテン一枚である。

入院_カーテン

 このカーテンが遮断してくれるのは視界のみである。それも完全にではないシルエットは見えてしまう。
音や臭いは全く遮断してくれない。咳払いや話し声はもちろん、食事している音、寝息、おなら(笑)、
あくび、ため息、寝返りをした時のベッドのきしみ音、・・・すべて聞こえる。
そんなことに気を遣いながら過ごしていると精神的に疲れるので、みな周りのことは気にしていない様子。
 それぞれに顔を合わせることもなければ口を利くこともない。
1台しかない洗面台は、誰かが使用していればそうとわかるため、使い終わったことを察して次の人が使う。
私は、それが面倒だから洗面はエレベータ横の手洗いを使用した。
全くの他人で何の興味もない。しかし、入院中は暇を持て余す。そのためか、なぜか隣人が気になる。

 隣のSさんは、とにかくよく喋る。看護師や先生が来ると色々な質問をして長話をする。
そして納得がいかなければ、更に突っ込んだ質問をして困らせる。ある種のクレーマーだ。
更に、同じ質問を別な看護師にもする。そして答えが違うと、看護師の□△さんはこう言ってた、と
名指しで疑義を唱える。悪気はないのだろうけれども、周りは結構疲れそうだ。
毎日、奥さんが見舞いに来て長話をしているが、奥さんに対しては困らせる質問はしないようだ。
歳は多分60代後半、話し方からして現役時代は管理職にあったような気がする。
プライドが高く融通の利かない頑固おやじといったところ。
 はす向かいのDさんは、正直最後までよくわからなかった。年齢は70歳前後といったところ。
最初、誰もいないのか?と思うくらい人けを感じさせなかった。看護師の声掛けにも蚊が鳴くような
弱弱しい声だった。私と同じく急性膵炎で絶食治療をしているようだが、私よりも症状が悪いようだ。
3日目だったか面会人がやっと現れた。どうやら奥さんらしい。着替えを持ってきたとか言っていた。
1時間もしないうちに面会人は帰った。
 一番得体の知れない人物は向かいのIさん。多分私と同年代だろうか?
持病の肝炎があるが今は特に症状が出ていないらしい。数日前、腹痛があり膵炎が疑われ入院したらしい。
ようするにこの病室は膵臓の悪い人の集まり、グループになるようだ。
Iさんは入院後あらゆる検査をしたが膵臓は問題なく、他臓器についても問題がみつからなかった。
しかし、Iさんは先生の診察の度に「お腹が痛い」と言う。
「昨晩は痛くて一睡もできなかった」と言った。すると先生は
「どうして言ってくれないんですか?そういう時には直ぐに鎮痛剤を出しますから」と言った。
が・・・私にはIさんの言うことがにわかには信じがたい。
なぜなら、昨晩私が3回ほど目を覚ました時、寝息が聞こえていたからだ。
それに、日中は痛くないのか度々病室を出ていく。しかも何時間も帰ってこない。
様子からして上着を持って出ているので外出しているのではないか?と思われる。
Iさんは、普通のパジャマではなく黒っぽいジャージ系の服を着ているので外出しても気にならない。
お腹が痛い間は膵炎の可能性があるということで、私と同じく絶食治療をしていた。
私より二日早く入院しているため、絶食は5日間は続いていると思われるが、そのことはあまり
苦にならない様子だ。ひょっとしたら外出して何か食べていたのかもしれませんが・・・
度々外出して行方がわからなくなるので、何度か先生に注意されていました。
先生や看護師もIさんが何かおかしい・・ということは感じていたようです。
例えば、実際に鎮痛剤の筋肉注射をした後、痛みは直ぐにとれたようですが、翌日になっても
「昨日の注射がよう効いて、今日も痛くない」と先生に話していた。すると先生が、
「おかしいですね、薬はもうとっくに切れているはずだからまた痛みが出てもおかしくないんですが」
と言うと、「あっ、今日はお腹じゃなくて背中が痛いみたいです」と言い出す。
で結局湿布をすることになったが、湿布を貼りに来た看護師が「どの辺に貼りますか?」と聞くと、
「あぁ、どこでもいよ」と答える。普通、痛けりゃ場所を指定すると思うのだけれどね・・?
私より一日遅れでIさんも食事が開始された。つまりIさんは6日絶食していたのだろうか?
その日も日中外出していたIさんは、午後4時頃戻ってきた。
すると、ボリボリと音を立ててオカキらしきものを食べ始めた。
病室内におかきの醤油の香ばしい香りが立ち込めてきました。
病室内の全員、食事療法中で食べたいものを食べずに我慢しているのに、Iさんは今日で絶食解禁と
いうことをいいことに、これで隠れず食べられると勘違いしたのか、何の遠慮もなくおかきを食べ
始めたのだ。私以外の隣人もみな一様に驚いたに違いない。
その音や香りで直ぐにバレてしまい先生が飛んできた。
「Iさん何を食べているんですか?!病院食以外食べないように言ったはずです。ちゃんと言う
通りにしていただかないと責任は持てません。これは(お菓子)預からせていただきます」
と、叱られておかきを取り上げられた。
Iさんは先生と話すとき丁寧語とタメ後を混ぜて話す、少し常識に欠ける人。
結局、Iさんには一度も誰も面会に来る人はいなかった。

 退院の日の朝、トイレへ行った際廊下のベンチ椅子に座っているDさんらしき人と目があった。
お互いに、なんとなく同室の人だろうな・・と思う程度なので少し頭を下げるだけで声はかけない。
存在感のない人だったDさん・・・
しかし、よく考えてみれば私もまわりの3人からしてみれば存在感の薄いTさん、
と思われていたかもしれない。できるだけ息を殺してこの数日生活をしていたから。
Dさんは私に、退院よかったねと言っているようにも思えた。
私は、Dさんもあとちょっと頑張って、と心の中でつぶやいた。

 何も関係のない、自分の人生に何の影響もない人たち、それでも
この3人と同じ空間を共有して過ごすことになったのも何かの縁があったのだろう・・・
結局、個室希望を出してはいたものの個室に移れないままこの部屋で退院の日を迎えた。
退屈な時間を、人物分析をすることで少し埋めてくれた同室の人たち、
「ありがとう・・」と心の中で呟いて私は病室を後にした。

予知的問題行動~【入院日誌】 - 2014.03.18 Tue

 長い説明は別として、自分の無意識に対して素直に従う時、人は未来を見る、と私は思っています。
それはある種運命論的な発想のもと、過ぎた過去と、感じている正に今現在と、まだ見知らむ未来
それぞれが同じ場所を共有していると思うからです。時間がそれを分けているだけで、時間の概念をなくせば
全ては同じ要素であり唯一である。だから誰もが実は未来というのも知っている、と私は思う。

 入院直後私は、何度も先生や看護師から昨日はアルコールを飲まなかったか?暴飲暴食をしなかったか?
何か大量に脂肪分を摂取しなかったか?などの質問を受けた。
急性膵炎は直近の飲食などが引き金になることが多いようで、それらの原因を探るためだと思われるが、
私には全く心当たりのものがなかった。

 それよりも、前日のことを振り返っていく中で、もっと驚く因果関係?に気が付いた。
この話はもちろん先生にも誰にもしていない、ここだけの話だが・・・

 【3月10日、入院前日】

 朝、いつものように食パン1枚と玉子焼きとコーヒーの朝食をとった。
カロリー的にも量的にも飲食店のモーニング以下と思われ、何も問題ない。
いつものように出社して仕事をした。最近、お昼休みがひそかに楽しみだった。
禁煙を初めて、お昼ご飯がとても美味しく感じられ、お昼前になると時計がとても気になる。
12時になり、私は会社を出た。目指すは某ラーメン店。会社近くにはよく行くラーメン店が7軒ある。
今日はそんななか久しぶりにGラーメンへ行こうと思っていた。
しかし、そのGラーメンにつくと駐車場がいっぱいで入れなかった。いつも空いている店なのに・・・
やむを得ず、その道沿いにあるHラーメン店に変更することにした。
しかし、幹線道路の交差点付近にあるそのお店は出入りが難しい。
信号と他の車の位置関係のタイミングが悪く、駐車場は空いていたにも関わらずまたしても
そのHラーメン店に入れなかった。私はがっかりしつつその道をまっすぐ進んだ。
どうしよう・・・何食べよう?と思いつつ道路を右折した。
そうだ、この道の先にあるショッピングモール内の回転寿司へ行こう、と思った。
もう何か月も行ってないが、そのお店のランチが結構いい。
回転寿司としては珍しく、ランチが豊富で人気だ。
駐車場に車を止め、そのお店に入った。店は空いていた。
ランチを注文する。握り寿司5貫とミニ天ぷらとミニうどんがセットだ。
私はそれを全部平らげて店を出た。

 そして、特に何かが欲しいわけでもないがシューズショップに入った。
店内をぐるりとまわり、何でシューズショップに来たのだろう?何が欲しいのだろう?と
不思議な気持ちになった。店を出ようとしたとき、出口付近にズボンのベルトが下がっていたのを
見つけGパン用のベルトを1本買った。
 シューズショップを出た後、大型衣料品店に入った。どちらかというと低価格の女性ものが主の
お店で、普段そこで買い物をすることはない。私は、紳士服コーナーのパジャマ売り場へ行った。
前開きパジャマの前で、色がパッとしないなぁ~と思いながら、何点かを手に取ってみた。
私は前開きパジャマは持っていないし何十年も着たことがない。若い頃からジャージ系やトレーナー系
をパジャマとして使っているからだ。そのことを思い出し、私は隣のコーナーにあったジャージ系の
上下を選んで一組買った。
 衣料品店を出た次に行ったのは100円ショップダイソー。
実は、ダイソーへは目的があって向かった。家で使っているサイレントギターのステレオイヤホンが
壊れていたのを思い出したからだ。直ぐに欲しいものは見つかった。コードがとかく邪魔になるから
巻き取り式のステレオイヤホンにした。そこには当然、普通のモノラルイヤホンも展示してあった。
私はモノラルイヤホンも買わなくては・・・と思った。いつも性能が悪く高いものを買っている。
ダイソーの100円イヤホンは性能が良くて安い、そう思ったからだ。

 私は、3つのお店でそれぞれ商品を買って駐車場へ向かった。その時、何か忘れ物をしている・・
と思った。シューズショップでは何を買おうとしていたのだろう?それが気になった。
シューズショップのものが丈夫で良いと思った何か・・・・
そうだ上履きスリッパだ。仕事で使っているスリッパももう痛んでいる。ホームセンターの商品よりも
靴屋の商品の方がしっかりしているので買おうと思ったんだ・・・確かそう思った気がする・・?
しかし、もう車近くまで来ていて、そのためにわざわざ戻るのも面倒なのでまたにしよう、と諦めた。

 会社に戻り、いつものように午後7時頃まで仕事をして家に戻る。
夕食は、牛丼とサラダだった。孫娘が珍しく牛丼が気に入って沢山食べていたので、私のお肉を
分けてやった。私の牛丼は大半が白ネギに埋め尽くされたような感じになった。
おかわりはせず夕食を終えた。アルコールはもちろん一滴も飲まなかった。

 そして新聞に目を通し、お風呂に入り、テレビを見て、床についた。いつもと変わらない日常だ。

***************************************************************

 私は前日の行動に何らかの因果関係があるのか考えた。しかし、食事、酒、その他において
全く何か原因になるようなものが見当たらない。

 しかし・・・私はその後驚愕の事実を知ったのです。
入院準備をするうえでとりあえず必要なもののリストを看護師から頂いた。
それを家内が見ながら、とりあえず売店へ買い物に行った。
私は家内に、
「エレベータホールにテレビカードが売ってるので1枚買っておいて、それとイヤホンも忘れずに」
と言った。家内はティッシュとイヤホンとテレビカードとスリッパを買って戻ってきた。
スリッパはしっかりとしたものだった。
リストを見ると、靴底のしっかりした滑らない上履き、と書いてある。
病院の売店だからそれを満たしたスリッパが販売されているのだろう。
後、売店に売っていなくてどうしても必要なものは前開きパジャマだ。
私は家内に言った。
前開きパジャマはどうせ着ないからショッピングセンターで安物を買ってくれたらいいから、
そう告げた。

もうお分かりだと思いますが・・・

・イヤホン
・靴底のしっかりした上履き
・前開きのパジャマ


 この3つが必要なことは、前日のお昼の私は無意識の中で知っていました。
思えば、ラーメン店へ行こうとしても行けず、ショッピングモールへと車をすすめたのも、
何かの定めと私の無意識がさせた行動かも知れません。

 イヤホンについては、はっきりと入院を意識していました。
いつも性能が悪く高いものを買っている、というのは病院で購入しているイヤホンのことです。
だから、ダイソーで買っておかなくては、とはっきり思いました。
しかし、じゃあ誰が入院するの?という疑問が出てきて、今は必要ないな・・と思って買わなかった。

 出来すぎた話?といわれればそうでしょう。
イヤホンだけなら偶然だったともいえるかもしれません。
しかし、パジャマと上履きスリッパも求めようとしていたとしたら偶然で済まされません。
本当に何十年も不要だった前開きのパジャマがなぜか必要だと思ったのです。

 作り話と言われれば、そう感じる人にはそれもありでしょう。
私はわざわざつくり話をするメリットはありません。
かといって、これは本当ですって強調する必要も意味もありません。
ただ、私としての事実。私自身の記録として書き残したに過ぎません。

全てが必然 - 2014.03.17 Mon

 衝撃的なニュースが飛び込んできた。
一昨日夜、元伊勢丹カリスマバイヤーの藤巻幸夫参議院議員が急性膵炎をこじらせて亡くなった。
詳しい経緯はわからないが、昨年末から闘病生活だったらしい。

 大した病気じゃない、入院するまでもない・・・と私は今まで思っていた。
しかし、いろいろと調べてみるとかなり怖い病気のようだ。
急性膵炎の死亡率は約9%、重症性急性膵炎の死亡率は20~30%らしい。
これってかなり死亡率高いですよね!??
私は軽症の部類だったからよかったものの、侮れない病気だということを痛感しました。

 原因としては過度のアルコール摂取が最も比率が高く、暴飲暴食、胆石、膵癌などが
あけられるそうで、これらが全体の80%以上を占めるということらしい。
しかし、私はそのいずれにも該当しない。
しかも過去にも発症経験があるということは、また発症する可能性もあるが、
原因が特定できなければ予防方法もない。
これは悩みどころだが、とにかく生活習慣を正して食生活を見直し運動をする・・・
ようするに健康的な生活をすることが重要ということだ。
それと、禁酒禁煙は絶対条件だとか。内臓脂肪は膵臓の働きを活性する燃料みたいなものらしく
ダイエットもしたほうがいいらしい。

 ようするに、私が昨年末からやってきたことは全て予防につながっている?ということ。
禁煙をはじめ、いちようダイエットのために毎日腹筋をしている。
考えようによっては、その上アルコールは飲まないし、暴飲暴食もしてないのに何で?という
疑問は大きいままだが、そうした行為の結果軽症の急性膵炎で済んだのだと考えると、
全てのことに意味があったと思えるわけです。
 もしも、昔のようにヘビースモーカーを続けていて、不規則な生活、睡眠不足、運動不足という
不摂生の状態だったとしたら、今回重症だったのかもしれない。

 実は、今回の入院に際してはいろいろなエピソードや予知?や心当たりなどがあって、
いろんなことが必然だったんだろうな?と思ったりもしている。
 このブログも初めてちょうど3年。
多くの人に読んでいただきたいという望みは全くない。
ただ、記録として日記代わりに続けてきた。
読み返すかもしれないその未来の日に、ひょっとしたら「そうだったのか」という
人生の中の点と点が繋がったりすることがあるかもしれない、そんなことを思ったり願ったり、
そうしたことで続けている。

 今回の体験は私にとって、将来とても重要な体験であるかもしれない。
そう思うから、この1週間のことを記録することにしました。
ちょうど2年前、家内が同じ広島市民病院に緊急入院した際も、その記録をここに残しました。
フィッシャー症候群という稀な病気であったことから、その病名や関連事項の検索キーワードでは
私のブログがよくヒットしているようです。同じ病気で戦っている人にとっては貴重な情報かも
しれません。そうした意味においても、情報はいろんな形で貴重かと思います。
 
 というわけで、新たに「入院日誌」というカテゴリを追加しました。

見覚えのある廊下~【入院日誌】 - 2014.03.17 Mon

 早朝の人けのない薄暗い廊下をカラカラという音を立てながら進んでいく。
古い壁に天井、鈍い床の輝き、迷路のように入り組んだ通路、
何か見覚えのある情景・・・しかし少し違和感が・・・、
違って見えるのは目線が低いから床面がうんと近くに見えるからかもしれない。
入院_病院廊下

 そう、ちょうど2年前にも私はこの廊下を通っていた。
車椅子に乗せられた家内の横を私は歩いていた。
広島市民病院の東棟救急外来で受診し即入院を告げられ、西棟の救命救急病棟へと移動するために
車いすに乗った家内の横を、不安をめいっぱい抱えて歩いていた。
そして今日は、全く同じ場所から同じ場所へと同じ廊下を私と家内は通っていた。
違うのは、今度は私が車いすに座っているということだ。
視界に違和感を感じたのは、生まれて初めて車いすに座ってそれを誰かに押されて進んだからだろう。
 家内は不安な面持ちだったが、私は特に何も感じていなかった。
いや不謹慎かもしれないが、入院というのは初体験でどんな日々が始まるのか少し楽しみでもあった。

【1時間前 am5:50】***************************

 何か重苦しさに襲われ私は目を覚ました。
ウム?なんだこの苦しさは・・?
みぞおちあたりに鉛でも乗せられているような圧迫痛がある。押さえると更に痛い。
胃痛や腹痛は何度も経験あるからそれとわかるが、この痛さは経験がない。
痛みに変化はなく継続的な痛み。どんな体勢になっても痛みは変わらない。
これはマズイかな??直観的にそう思った。
家内を起こしてそれを伝えると、
「ありゃぁ、大変じゃね・・zzz」と寝ぼけ眼で答える。
「ちょっと起きて、ほんと痛くて耐えられそうにないんよ」そう言うと、
「じゃ、救急車でも呼ぶ」とまだ少し寝ぼけ眼のまま聞いた。
「・・・・」そうしようかどうか迷ったので答えなかった。すると、
「えっ!そんなに痛いん?大変!」と正気になって答えた。
救急車は近所迷惑だし、呼ぶよりも今の時間帯なら渋滞もないから直接行く方が早いと
考え、とりあえず119へ電話をして救急受付している病院を確認した。
時間が時間だけにJR病院と広島市民病院ということだった。
私は迷わず広島市民病院を選んだ。2年前家内を救ってくれた病院でとても信頼できるからだ。
家内はこうした時に狼狽することなく手際よく段取りをしてくれる。ありがたいことだ。
そして、家内の車に乗り込み広島市民病院へと向かった。
スピードを出して走る家内に、ゆっくり走るように命じた。
危険なこともあるが、実は車の振動が痛みを助長して苦しかったからだ。

 広島市民病院の外来者用駐車場は殆ど車がいない。一番近い場所へ停めて直ぐに保安出入り口へ行く。
何度も通った病院だから勝手は知っている。幸い救急外来には患者は誰もいなかったのですぐ診察になった。
若い男性ドクターだった。いくつか問診を受けベッドで触診。触診は飛び上がるくらいに痛かった!
とりあえず点滴と鎮痛剤の注射をするために処置室へ移動した。
点滴の最中、採血をし腹部のエコー検査をした。
多分それで先生は疑っていた膵炎をほぼ確信したようだった。
直ぐに腹部CTを撮った。「膵臓がカサカサになっている」という表現をした。
ここまでの時間は到着してわずか30~40分位だろうか?とても速い対応と検査だ。
そして先生の説明があった。
「血液検査とCTの結果、急性膵炎で間違いないと思います。今から直ぐに入院していただくように
なりますが大丈夫でしょうか?」
私はその説明にとても違和感を感じた。
入院はいまだかつてない経験、入院は重篤患者がするもの、そんな観念があった。
で診察結果は急性膵炎。この病気はかつて一度経験があり、その時は入院しなかった。
だから私は急性膵炎なんてインフルエンザ程度の病気だと思い込んでいたから、なんで入院??
という疑問が頭をかすめた。
「入院は大丈夫ですが・・・入院しなくてはいけないのですか?」そう聞くと、
「絶対に入院をすすめます。強制はできませんが」といった答えが返ってきた。
家内も呼ばれ、今から入院する説明を受けた。家内の顔が一瞬こわばって見えた。
「昔やったやつ、ただの急性膵炎じゃけん、心配せんでいいよ、」と私は話した。
そして、見覚えのある廊下を私は車いすに乗せられて進んでいった。

 

最後の朝食 - 2014.03.16 Sun

最後の朝食の時がやってきました。
とても嬉しいけれど不思議なことに、ちょっとさみしくもある。
入院生活の楽しみ方を自分なりに工夫して確立していくと、もっと何かできるのではないか?といった興味も湧いてくる。
不自由で制限の多い中でどう楽しむか?というのは、ある意味アドベンチャー的な冒険や探検に似ています。
ただそんなことが言えるのも、病気が悪化せずあまり苦しまなかったからこそだ
やはり、大切なことは健康であること。
もうここには来ないことを願います。

入院_退院朝食

ずっと食べたかった1階のコンビニの焼きたてパンを内緒で買ってきた。
実は今日の朝食までは、一様病院の食事療法ということで、他のものは食べてはならないこととなっている。
でも退院しては焼きたてパンは食べられない。だから買ってきた。
う~ん、いい香り・・・・
あっヤバイ!!この香りでバレたかも・・?(大汗

最後まで話すことなく、顔も合わすことのなかった同室のみなさんに対して、
最後にこの部屋へ来て、最初にこの部屋を後にする事がとても申し訳なく思います。
どうか皆さんも一日も早く退院できることを祈っています。

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tsutsui-s

Author:tsutsui-s
広島県在住。
複数の会社と店舗施設を経営。自分に出来ないことはない、という自信過剰ぎみの精神力を糧に、新しいものに挑戦し続ける中年です。

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