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2017-07

迷惑 - 2017.07.27 Thu

 大人は必ず子供に言う。
他人に迷惑をかけてはいけません。
もし迷惑をかけたら謝りなさい。

 その大人たちはどうなのだろう?
誤らない、謝れない大人は多い。
その一つの理由は、誤れば自らの非を認めることになるから。

 ここ最近私は大迷惑をかけられっぱなしだ。
それなのに誰も謝らない。
メールでは社交辞令のように「ご迷惑をおかけいたします」と書いてあるが
本気で誤っているようには到底思えない。
その関係者も事態を把握していながらも傍観者になっている。
関われば面倒、だから知らないふりを決めている。

 私は誰にも謝罪は求めていない。
ただ誠意を求めているだけだ。
それなのに、私は彼らにとって「迷惑な存在」なのだろう。
真実と誠意を求めることは、場合によって迷惑をかけることになるのかもしれない。
だからといって、こちらが謝る理由は何一つない。
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習慣 - 2017.07.24 Mon

 この7月は久しぶりのブログ投稿数二けたになりました。
何の義務もないし、書くひとの重要性や大きな意味もない。
ただ、習慣の一つになればそれはそれでいいことではないか?と思っている。
中学生の頃は、毎日生活日誌とグループ日記と個人の日記を書いていた。
ネタがなく困ったものだが、書くために一日を振り返るという習慣はとてもよかったように
記憶している。
 
 小学校の孫娘も学校の生活ノートに毎日日記を書いている。
大人よりもむしろ子供の方が一日の変化は少ないかもしれない。
毎日学校と家との往復ではあまりネタもないだろう。
そう考えると、毎日違った行動をしている私なんてネタだらけだ。
ただ、書けないことも多いのも事実・・。
 
 今日、何を食べたかさえ忘れるような日々だけれども、
今日は何を書こうか?とふりかえるだけで、一日の価値もあがるように思える。
だから、書くことという習慣を身に着けよう、そんなことを思っている。

互換 - 2017.07.20 Thu

 仕事メインで使っているカメラの調子が悪くなってきた。
フォーカスが甘く、色合いも悪い。
特に最もよく使う広角レンズの調子が非常に悪い。
数年前に一度修理に出した。
レンズの修理代ってめちゃくちゃ高く、数回出すと新しいレンズが買えてしまう。
そんなことから、新しい広角レンズを購入した。
プロ用は数十万するものもあり、とても手が出ないので普及型の最新レンズにした。

 今日、そのレンズが届いたので早速カメラに装着してみる。
が、しかし、うんともすんとも言わない。
つまりフォーカスのモーターが動かないし、シャッターも落ちない。
マニュアルモードにしても同じく。
 初期不良品だから返品しよう、と思いつつもいちようメーカーサイトで調べてみる。
なんと、そのレンズは私の持っているカメラに対応していない!

 私のカメラもかれこれ7年くらいになるが、最新レンズが対応していないなんて
思ってもみなかった。がっかりだ。
このレンズをオークションなどで売って、対応している古いレンズを買うか、
レンズに対応している新しいカメラを買うか・・・
二つに一つの選択しかない。
結局迷った末に後者を選択。
結局のところ、レンズとカメラ・・・20万近い出費になってしまった。

 昔は、カメラは10年くらい普通に使えてた。
レンズもずっと使えてた。
デジタルになって、こうしたことで買い替えを余儀なくされる。

 なんだか新しいものを手にすることがあまりうれしくもない。
私は、自分の道具や趣味のものは長く使うのが好きだ。
40年以上前のギターは現役だし、もう今ではあまり使うこともなくなった仕事道具の
三角定規とコンパスも40年前に買ったもの。
今はCADだから殆ど使わないが、CADが長く使えるか?というとそうではない。
それでも10年はバージョンアップなしで使っている。
だからCAD用のPCも10年選手のXPだ。
カメラとレンズの関係のように、CADとPCも変えるなら両方いっぺんに変えなければ
使えない。いわゆる互換というやつ。
それが面倒で、ネットワークから切り離し、CAD専用PCとしてXPを使っている。

 なんだかデジタルってめんどくさい。
融通が効かないから互換しないものは何の役にも立たない。
まあ、最近は人間もデジタル的なやつが多く、融通の効かない人が多い。
そういうデジタル的な人間も、いずれ新しいものに互換しないということで
捨てられるだろうけれど・・・

苦しい夢 - 2017.07.19 Wed

 少し前までは、早朝に目が覚めても時計を見て二度寝三度寝をして睡眠時間を
確保していた。ところが最近は早朝一度目が覚めるともう眠れない。
仕方なく布団から出て早めの朝食を作る。
当然ながら慢性的な睡眠不足で昼間に眠くなることも多い。
 
 今日も昼食を取った後猛烈な睡魔が襲ってきて少し眠ってしまった。
その時の夢が最悪だった。
夢のスタートは病院だった。
大きな総合病院で、医師から病気を告げられるところから始まる。
病が重いことを宣告されるが私は何も感じない。
そうですか、わかりました。と答えて病院を後にする。
不安や恐怖心など全くないのに、自分の精神がめちゃくちおかしい。
詳しくは書けないが、破壊的なこと暴力的なことを繰り返している。
そして周りの人間が全て敵だと思っている。
家族も、知人も、職場の人間も。
そしてみんなが自分を監視していると思っている。
それに腹を立てて更に暴れる。
不思議なことに、日常の自分とは全く別な人格であるにも関わらず、
夢の中で全く違和感を感じていない。
おかしいのはすべての周りの人間だと思っている。
そして最後のシーンはやはり病院だった。
大勢の人であふれる待合室に私は座っている。
実は、診察の予約などしていない。
人ごみのなかにいた方がいいような気がしてそこに何時間も座っている。
やがて診察時間も終了を迎え、数人の人だけがそこに残されていた。
全て私がよく知る人ばかりだ。
やはり見張っていたのか・・・
そう思う。
私はその場を逃げるためにトイレに駆け込んだ。
すると知人男性が一人トイレに居た。
ここにも監視の目が・・・
更にトイレ掃除に来ていたおばちゃんまでが、横目でチラチラ私を見る。
私は大声で何か叫んだ。
しかし、誰一人私に声をかけるものはいない。
トイレを飛び出した。
目の前に私の娘が立っていた。
にこやかに笑いながら私に言った。
「父さん、・・・おもしろいよ、父さんの言うことすることすべてが」と。
初めて登場人物が私に声をかけた。
きちがいじみた言動を繰り返す私を受け入れる優しい言葉だった。
その瞬間、自分を取り戻していくような感覚を感じた。
そして電話の音がする。
現実の電話だった。
そして目が覚める。
全身に脂汗のようなねばりのあるものが溢れていた。
額の汗を手で拭い、「あぁ~、夢だったのか・・夢でよかった」と思った。
なんていう人間なのだ、これが隠れた自分の本性なのか?と愕然とする。
夢の中では全く自分に対して疑問を感じなかった。
破壊、暴力、攻撃そして暴言、私は病人として監視されていた。
しかし、悪いのは自分ではないと思っていた。

 夢は何が作り出すのだろう?
深層心理の現れというが、自分自身が作り出したものであることを考えると、
その中で作られた自分という人格は、現実の自分と全く無関係とはいえないと思う。
それも受け入れなくてはならないのだろう。
やはり少し疲れているのかな・・・と思う。
ここ最近、抑圧や理不尽な出来事が多いから、それらの反発の現れなのかもしれない。


大きな敵と小さな敵 - 2017.07.17 Mon

 地球上の生物というのは多分、進化の過程で適応しないものや
不要な生き物は絶滅しているはずだ。
ただ人間にとって厄介な生き物は多い。
例えばイノシシ。
私の田舎の島では、イノシシ被害が深刻である。
農作物を荒らし、時に人間の生活圏に出没して危険なこともある。
しかし、大きな予算をつけて完全に絶滅させることは不可能ではない。
大きいがゆえに危険だが、大きいがゆえに発見しやすく捕まえやすいともいえる。

 もっと厄介な生物は、現在大問題になっているヒアリだろう。
小さいがゆえに単体では脅威を感じることはないだろうが、
小さいがゆえに見つけにくいし、どこにいるかわからない不安がある。
今現在は分布している範囲が限定的のようだが、いずれ日本中にその範囲が
拡大するのは時間の問題のような気もする。
一匹の女王アリが一日に数千もの卵を産むというのだから、そう簡単に駆除できる
ものではなさそうだ。
どう考えても、地球上で必要な生き物とは思えないが、なんらかの理由があって
生存しているのだろう。

 まったく、中国は空からは黄砂やPM2.5を送ってきて、海からは船でヒアリを送ってくる。
その気はないにしても、正直迷惑なことが多いと感じるのは私だけじゃないだろう。
 もともとヒアリは南米の一部地域にだけ生息していたのに、皮肉なことに人間の手によって
全世界へと生息地域を拡大している。
ひょっとすると世界的脅威になるのかもしれない。
もっと別な見方をすれば、あるいは地球規模での見方をすれば、地球にとって
最も不必要な生き物である人間を、・・・滅ぼす役目をヒアリは担っているのかもしれない・・・

デジタル地獄 - 2017.07.15 Sat

 私が子供の頃、まだ固定電話さえなかった。
だから人に何かを伝えるには直接会いに行くか手紙を書くかであった。
電話が普及するとその伝達スピードは飛躍的に上がった。
しかし、3分10円というのは決して安い金額ではなく、自由に電話を使わせて
くれる家庭はあまりなかっただろう。
それでもその時思った。
もう電話のない世界には戻れないと。

 それから10年くらい後、ポケベルが大流行した。
固定電話はお互いが家にいるときにしか連絡が取れない。
ところがポケベルはどんな時にでも連絡が取れる。
ただ会話ができないのが難点ではあったが、数字の送信ができるだけで
ある程度は意思伝達ができた。
急ぎの時には、49(至急)とか・・・
そして思った、ポケベルのない世界には戻れないと。

 そして更に10年後、携帯電話が普及した。
携帯電話を持つともはやポケベルも固定電話も不要になってくる。
良いか悪いかは別として、いつどこにいても連絡が取れる。
便利すぎる通信アイテムを手にしてしまうと
もう携帯電話のない世界には戻れないと誰もが思った。

 先日久しぶりに電車に乗った。
若者ばかりでなく年配の方たちまでがスマホの画面を眺めている。
なんとも異様な感じがしたが、これは最近の普通の情景なのだろう。
隣のサラリーマンらしき方は画面を超スピードでさすっている?
薄目でチラ見をしたらスマホの画面はゲーム画面だった。
本もなく何もすることのない私に比べたら時間を有効に使っているともいえる。

 もうこれ以上の通信アイテムは出てこないだろうと思う。
誰もがデジタルの中で生活をしてデジタルで会話をする。

 最近、負担に感じてきているのがメール。
個人のアカウントに会社や関連施設のアカウント、スマホのアカウント、・・・
軽く10個以上はあるアカウントに届くメールは迷惑メールは自動削除するようにはしているが
それでも50件以上は毎日メールが届く。
返答が必要なのはおおよそ3~4割。
そして、携帯電話の発着信数が毎日約50件前後。更にラインやショートメール・・・
平日は、これらの応対で大半の時間を失ってしまう。

 そんなときにアポなしで来訪者が来たりすると流石に腹が立つ。
先日も、ある営業マンが上司と一緒に来訪した。
「アポなしで来られても時間が取れない」と言って追い返した。
そしたら、翌日電話をしてくる。
「いつなら時間が取れますか?」と聞いてくる。
アポなしじゃだめだと言ったから、アポを取ってきたのだろうけれど、
「しばらく時間は取れない」と断ると、
「来月ならいいですか?」としつこく聞く。
「その時になってみないとわからない」と答えた。
私としては、集中してデスクワークをしているときに、こうしたアポ取り電話でさえ
大変な迷惑なのだが、そこまでは言えない。

 一度でも面会すれば名刺を渡すのが礼儀だから誰にでも渡すけれども、
名刺に書かれている携帯番号とメールアドレスさえあれば、相手は簡単に連絡を取ってくる。
仕事上はやむをえないとしても、デジタル通信に毎日100件も応対していると、
それだけでどっと疲れる。
脳みそフル回転だから、ボケることはないかもしれないが・・・

 

マッサージ - 2017.07.14 Fri

 早朝から2件仕事を終わらせた。
しかし、体調が悪く体がとてもだるい。
そこでマッサージに行くことにした。
このところマッサージにも行く時間がないからあまり行かなかったが、
あえて今日は時間を作った。

 90分間、殆ど記憶がない。
終わったときセラピストが「お疲れのようでよく眠ってましたね」と。
大いびきをかいていたのではないか?とちょっと不安になったが、
マッサージと仮眠で体はすっきり!
90分の時間を割いたけれども、今日も一日頑張れそうで大きな価値を得たように思う。

 ちょっと無理がある例えだが、7つの習慣に例えるなら第7の習慣「刃を研ぐ」かな?
ぼろぼろの体じゃ、いい結果は出せない。
たまには体も研いて切れをよくした方がより効果が高いということだろう。
90分の時間と5000円のコスト、安いものだ。

極めるということ - 2017.07.13 Thu

 今日、神戸のUCCコーヒーに研修に行ってきた。
新規事業のコーヒーショップオープンのために、コーヒーの基礎知識や技術を学ぶためのもの。
私は忙しいので従業員だけ参加させようと考えていた。
それは、自分はある程度珈琲のことはわかっているという自負もあったからだ。
しかし、時間もなんとか作れそうだったので、朝一からの研修を受けてトンボ帰りで参加した。

 今から40年以上前に初めてコーヒーショップでアルバイトをした。
それがUCCコーヒーの直営店だった。
その時はコーヒーは飲めても淹れることはさせてはもらえなかった。
その後、一般の喫茶店でアルバイトをはじめた。
約1年半くらい務めただろうか。
最初はホール係り、次に洗い場、そして器用だったこともあり調理も徐々に教わった。
一通りのメニューはこなせるようになり、盛り付けや、フルーツカッティングも学んだ。
当時の喫茶店はある意味今のレストラン以上に技術が必要だったように思う。
 その中でも結構難しかったのはコーヒーのドリップ。
当時はネルドリップだったが、なかなか上手く淹れられない。
料理長から何度も怒られ、淹れた珈琲を捨てられた。
家でも豆を手で挽いてサイホンやドリップで毎日淹れていた。

 それから40年以上、インスタントコーヒーは飲んだ記憶がほぼない。
缶コーヒーは飲めるけれども、ホットコーヒーはドリップしか飲めなくなった。
殆どは簡単に淹れられるドリップパックのコーヒーだけれども、それでも淹れ方に拘りがあり
蒸し方や雑味を出さない方法を自分なりに工夫してきた。
そしてここ数カ月間は、毎回豆を挽きペーパードリップで淹れる毎日。
自分なりにはそれなりに満足していた。

 しかし、今日初めて専門的に学んで愕然とした。
座学で理論を学び実技に入るが、講師の淹れるものとは全く違う。
何度も何度も実践をするが、上手く淹れられない。
 「珈琲を極めるのに80年・・・」なんてコピーのCMがあったが、そんな大げさな!
と心の中で笑っていた。
しかし、豆の産地、栽培、製造、焙煎、挽き方、淹れ方・・・とそれぞれで大きく味が
変わり、それらを全て理解し、見極められるようになるには数十年はかかるかも・・
というのが率直な感想だ。
少し甘く考えていた自分、そして多少の自負があった自分をリセットさせてくれた
今日の経験は大いに意味があったと思う。

 薄っぺらな経験や知識は何の役にもたたない。せいぜい趣味の世界。
趣味程度のことでお金を頂くわけにはいかない。 
まず恥ずかしくないコーヒーショップ、そして次に地域一番のコーヒーショップ、
その目標に向かって頑張る!

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tsutsui-s

Author:tsutsui-s
広島県在住。
複数の会社と店舗施設を経営。自分に出来ないことはない、という自信過剰ぎみの精神力を糧に、新しいものに挑戦し続ける中年です。

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